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2012年12月21日、その日のこと。その2

2013.02.27 15:55|お引っ越し
その後は速かった! あっけにとられるくらいに。。
10年以上いくら頑張っても片付けられず、最後の最後までちゃんと荷造りさえできなかったトホホな私の部屋が、たった1時間ちょっとで完全カラッポになってしまったのだ!!!
私の最も大きな恐れは「この家を出られないんじゃないか…?」という根拠のない不安だったと気づき、それが引っ越しマイスターサ○イのおにいさん達の手際の良さと力技であっさりクリアされ、本当に本当にホッとしたのだった。。感動だった♪

掃除も大体済ませて数百メートル先の新居に移動したが、エレベータが1台しかないので2時間近く待機となり、母と二人で遅い昼食を取る時間もあった。
そして16:00頃から搬入開始。小さいスペースがダンボールの山でどんどん埋まって身動きが大変なほど。。開梱と新たなお片付けの大変さは覚悟したが、物理的なものごとには必ず終わりがあることを身を以て知りつつあった。

この日2012.12.21の20:11:37(日本時間)に、オーラソーマファミリーから瞑想の招待があった。象徴的なホロスコープも示されこの時こそがマヤ暦のサイクルの終わりと知った。
でも私は、ふんっ瞑想だぁっ!?それどころじゃないわっ!的にダンボールと格闘中。多分この日だけでも10個以上開梱した。そんな妙なハイテンションが年が明けて片付けが一段落するまで続いたのだった。
私は惑星の影響をかなり先取りして感じるタイプだが、物理的な移動が最後の一押しとなり、自分自身は既に次元上昇というか、少なくとも完全にフェーズが変わってしまっていたと思う。

21:00過ぎに母と食事をして見送った。高齢病身の母だが、猫の手ならぬ「ライオンの手」以上の働きをしてくれて本当に感謝だった。そして駅前の「バーミヤン」の普通のメニューがこんなに美味しく感じられたことはなかった^^;
母は4年前からの私の挫折の連続を思うと、今回のことが胸に迫ったらしく何度も感涙にむせんでいたが、帰る途中の電車内では妙に寂しくなったそうだ。ずっと賃貸住まいの私がいつかは実家に帰ってくるとどこかで期待しており、その可能性がなくなったことに対して。(私自身は四半世紀前に家を出てからそんな考えはただの1秒も持たなかったが、親とはそんなものなのだろう。)

その後、旧居に置いたままの掃除道具を引きあげに行った。
既に懐かしいナンバーキーを押して一歩室内に入った時…私はこの家の本当の「音」を知った。
シン…という「無音の音」がそこにあった。
こんなに静かな家だったのか…!私は一体今までここで何を聴いて、何を感じてきたのだろう!?

家はびっくりしてあんぐりと口をあけた表情で私を見つめていた。ショックを受けてとても悲しんでいるのがわかった。つい数時間前までのあの飽和状態が一気にガラ〜ンとしてこんなに広かったのかと驚き、これまで私が感じてきた「狭い!」「苦しい!」感じとは、私の前半生の所有物、それも今はもう不要なモノたちの饒舌すぎるつぶやきを聴いていたからだと理解した。

反射的に涙が流れてきて、ごめんね、許してね、愛してる、ありがとうとつぶやき、特に「ありがとう」を何十回も繰り返した。脱サラし鍼灸学校を卒業したが自分が何者かわからなかった頃から、今の私の基盤を育んでくれた家だ。
私に「行って欲しくなかった…」という家の気持ちも感じたが、全ての部屋に感謝を伝えながら、全ての窓をあけて新しい時代の夜気を入れると、家は少しずつ本来の落ち着きを取り戻していった。とても落ち着いた家だったのだと気づく。
生前のおばあちゃま大家さんが、ここに住んだ人はみんな出世してるわよ、などとおっしゃっていたことを懐かしく思い出す。おばあちゃまも見守ってくれたのだろうか。。

そして残りのゴミを捨てて荷物をまとめる頃には、家は新しい入居者を待つ賃貸マンションの一室の顔に戻っていた。私は見えない握手をして敬意と別れを告げた。きっと今頃はフルリフォームされているだろう。
着たきりのペンキ汚れのジーンズで、掃除機とゴミ箱とバケツを持って深夜の奥沢を歩く私は相当異様だったが、とても満たされていた。

以上、これが超わかりやすい私のアセンションデーだった^^;


最終的にはこの日7世帯ほど入居したようで、最後のお宅は深夜までかかった様子。
ホ・オポノポノとしては工事の遅れも全てが私の責任だけど、コーポラティブハウスということもあり集合意識が多分に影響していると感じている。私自身はローン決定が最後だったのに、希望通りそれも期せずして初日入居となったわけで、多分最初にエントリーしてエネルギーを整える役割があるのかもしれないと感じた。
その後はお片づけとクリーニングの日々である。12/25のクリスマスから仮オープンして12/29まで施術をし、年初は1/6から正式オープンして今に至る。お片づけワークは大変だったが、本当に興味深い日々だった。

そして同じ街に住んでいながらエネルギーが全然違っている。自分もそうなのだが、街全体も違う。
次元上昇とはこういうことなのかと感じていたが、年末年始をはさんで平均睡眠時間2時間とかいう日々が続いても不思議に元気だった理由を、宇宙の暦を解いてわかった。
先日開催したMarmaria先生のワークショップで、マヤ暦の次元が閉じるための7ヶ月の最初の「白い魔法使い」の月に私は城南信金の住宅ローンを申し込み、私のガイドである「黄色い戦士」の月にローンが決裁され、そしてアセンション前後の「時間を外した月」の中心点である12/21に引っ越しを遂げたとわかった。

そうだったのか…。
「時間を外した月」は1/9までで、全てから解き放たれた軽やかさの中にいたのでテンション高かったのだな…。
轍の無い道を歩く不安とワクワクがないまぜのまま歩いてきたが、全ては導かれていた、という実感があって感動だった。

その後は新しい創造のための神秘の月が7ヶ月続く。過去の復習的な意味合いもあって学びもあろう。3/6までは「真の豊かさ」を夢見る直観の月だ。税金や確定申告に頭が痛いときだが、懐具合とは関係なく、本当の「豊かさ」に意識を向けていたい。

1月のあの大雪が降った連休の初日、家族を奥沢に呼んで部屋をお披露目し、ランチ会をした。
悲喜こもごもいろいろあったものだ。弟夫婦と、親子ローンが駄目になった後脳溢血で倒れた父も、杖をついて頑張って茅ヶ崎から来てくれた。美味しいフレンチを楽しく味わえた。
結局家族に負担をかけずにほぼ自力、というよい形で移転できたことが本当に嬉しく、この写真がこの足掛け5年(年が明けたので!)の大仕事の締めに相応しいと思ったので、家族写真初公開(→サムネイルに変更、後列白い服が私。)

家族会


<ご参考>
ちょっとした別記事はこちら(サブブログ)「時間を外した月」を抜ける直前に書いたもの。

2/2のワークショップに関してのこと(メインブログ)→その1 →その2(報告記事)



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