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2009年秋「蛇の生殺し的膠着状態」

2012.07.06 21:23|不動産取得
私と父はほぼ犬猿の仲だった。扶養されたことに勿論感謝はしているけれども、私が25歳で家を出た理由の一つが、父と一緒に居られないからだった。
でも若い頃から借金で散々苦労してきた父が、折角穏やかな年金暮らしを享受していたのに、老齢にして私のために再び書面上で借金しようとしてくれたということで、私は今迄の父の全てを許せると思った。本当に感謝した。

ローン審査には沢山の書類がいるし、親子ローン審査は特に時間がかかる。住民票や印鑑証明にはじまり、戸籍、税務署関係、父の年金証書やこれまでの資料など、膨大な量の書類が必要だった。それも一度に言われればまだいいのだが、何度かにわたって請求される。何か提出して数週間たって、もう決まったかな?と思われるとまた別のものを請求される。それで簡単に1ヶ月くらい経過するのだ。
父が「身ぐるみ剥がすつもりか!」と怒ったくらい、大量の書類を提出させられた。

父ほどではないが私も短気な面があり、注いだエネルギーに対して真っ当なレスポンスやリターンがないと納得できない。自分や父の資料は全て速攻で提出してるのに、事態が全く進展していない感じがするので、どうなっているのかと再三催促してみると、「売り主側の資料が全く提出されない」と不動産屋さんが嘆いていた。

売り主側は某老舗不動産業者だったが、私は「売る気あんのかテメェ!」とキレて200回位叫んだほどノラクラな担当者で、ぺらっとした書類1枚出すのに3週間かかった。それも肝心なところを空白にして、使えないようにして出してくるのだ。
嫌がらせだった。

どういうことかというと、私が一番手なのに、親子ローンにせざるをえず更に値引きを希望するこちらの足もとを見て、「満額即金の客」が来るのを期待して値引き交渉の結論を出さず、ノラリクラリしているのだった。交渉するこちらの不動産屋さんも相当イライラしていたが、逆切れされたら困るのでなだめすかす等、駆け引きに苦労されていた。
更に売り主さんは相続がらみで、借地権の名義変更の手続きがされておらず手間取っているという。その借地権もものすごく複雑で、どうやら私は厄介なヤマに手を出してしまったらしいと気づく。

短気な父は遂にキレて、独断で直接銀行に電話をした。するとやはり「○○さん(私の名字)さん側の資料は全て揃っていて、あとは売り主さん待ちです。」
既に10月半ば過ぎで肌寒くなってきていたが、まだ資料集めの段階で、審査に入ってすらいなかったのだ。

この膠着状態にもう家族全員ヘトヘトだった。いつ契約になるかと思って先の予定も計画も全然立てられなかった上に、うかつに人にも言えない。でも引くに引けない、いわば蛇の生殺し状態。。
…この「膠着状態と遅延」こそが私のこの不動産ワークにおける重要なテーマで、掘り下げる必要があると感じている。
(2012年夏現在まで、ずっと同じようなことになっているのだ。)

もとい2009年秋、資金をプールするため出費を切り詰め、息が詰まりながらも結論が出ない状態に私は疲れ果て、「もう忘れよう…」と思った。
「忘れて待つ」ことに秘密があるようにも思った。だって、得るためのクリーニングではなく、クリーニングのための案件なのだから。
ホ・オポノポノをしていると、こういう状況においても次から次へいろんなチャレンジが浮上する。人生が、これまで未消化だったさまざまな課題を突きつけてきていた。
私の仕事はクライアントさんと響き合っているので、自分のワークをクライアントさんと共同創造できるのだが、深いカルマの返済と過去世で操作された魂を解除するというテーマが沢山浮上し、それも日ごとにどんどん推移していく。
私は不動産、不動産業者、お金、銀行、親、家系、銀行員に育てられた自分、奥沢の土地、今の部屋、物件そのものなど、関係する全てのことをクリーニングしていった。

そして当然両親にもホ・オポノポノを実行してくれるように頼んだのだが…これが全く駄目だった+_+; 本も読んだしやり方も教えたのに、何も理解していない。
毎週実家に出張するたび両親は待ちくたびれてげっそりとし、ネガティブな思考に陥っていった。
「本当に大丈夫なのか?」という疑惑は審査ではなくて私に向けられており、
私が何回ローン返済を滞納したら、自分たちの年金が差し押さえられるかのシミュレーションに怯えていた…(汗)
私は25の時からただの一度も家賃を滞納したことがないのだが…そういう最悪の事態の「想定」は勿論必要だが、例えば交通事故を起こす「前提」で車を運転するのはナンセンスだろう!
私「そういう思考こそクリーニングしてください!心配が全てを引き寄せるんだから!」
と怒ったが、彼らは思考が現実を創りあげることを全く理解していない。
父「でも、お前が病気になって働けなくなったらどうするんだ?」
私「私は病気にならないようにこの仕事をしているし、そのためにこれを買おうとしているのよ!」
父「でも病気にならない保証がどこにあるんだ!?」

…ただ病人の思考だ。堂々巡り。
そして保証!?そんなものが一体この世に存在するのだろうか? この2年後、国家が安全を保証していたはずの原発がとんでもないことになるというのに。自分以外の何を信じるのだ?
借金苦への恐れ、人一倍プライドが高い父が人に軽んじられる恐れと怒り、病気そして私への恐れ(汗)…がこの遅延を現実化していると感じられた。

勿論この状況は全て私の問題なのでクリーニングするしかないのだが、両親ともなので二対一の綱引きに負けそうになる。私が新居での新たなプロジェクトをどんどん拡張しようと夢を拡げる一方で、両親の頭では
「ローンが払えなくなって物件が競売にかかり、娘は路頭に迷い、更に自分たちの年金が差し押さえられて住まいも担保に取られる」妄想が爆走しているのだった。(オィ…;;)

両親のこのネガティブさに私は本当に途方に暮れ、正直、駄目かもしれない…;-;と感じ始めていた。

更に父とはものすごい喧嘩も繰り返した。古いタイプの銀行員で価値観の違う父は全てに指図をしたがるのだが、全面協力には感謝するものの主導権は私が握り、自分の許容ラインをはっきり主張した。
父のコネの金融機関に挨拶にも行ったのだが、私の財務状態ばかりか仕事内容まで批判され、勿論参考にすべき意見もあったが、私も生意気に「ここからは借りたくない」(それ以前に先方が絶対貸したくないだろう)と感じて断った。
だからイザコザも沢山沢っ山!あったのだが、「いてくれるだけで有り難い親の恩」は心から感じたし、犬猿の仲だった関係性が、協力しあうことで若干改善できたのは最大のギフトだった。それは父も同じだったのではないだろうか?

そして私に出来る事はクリーニングとエネルギーワークしかない。共同体に癒しをもたらすあるソーラーエッセンスを作ると翌日事態が急展開する。
ようやく売り主側の不動産会社がまともな書類を出してきた。それもこちらの希望額。やっと書類が揃ったのが10月末!
金融機関にも「ここから先は早いですよ」と言われ、すっかり安心した私と家族だったが。。(つづく)

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