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ビオトープ

2013.09.10 23:04|自然空間
8月に書きかけだった記事を超遅ればせで書く。それも7月のことです。
大好きなアートビオトープ那須に行きました。二期倶楽部に隣接しています。

ビオトープとは、生物が住みやすいように環境を改善する(生物生息空間)ことなのだけど、言ってみれば人間が自然をサポートしている形です。
いわゆる手つかずの自然ではなく、人間が自然の中にきちんと入っていき、お互いに尊重しながら仲良く共生している感じ。もともと「里山」ってそういうことなのだと思うのですが、二期倶楽部の敷地内はこれが本当にうまくいっていて、心地が良いのです。
私は、2010年に不動産問題で失意のときにここに訪れて本当に癒されたものですから(→ココに書きました)、今回は「お礼参り」のようなつもりで行きました。
でも懸念がありました。ここは当然原発事故の影響を受けていると考えたからです。
ここの自然の豊かさと野菜の美味しさを知っているだけに、当時は本当にショックでした。。

でも…安心しました。大丈夫でした。行ってよかった。
勿論影響は受けているでしょう。やはりショックも感じられました。
でもそれよりも強く感じられたのは、多くの人の「祈り」と「意図」でした。
とても優しく強い意図が、この広大な敷地に何度も何度も継続的に降り注がれて織り込まれており、自然はそれに応えているのです。土壌自体にその祈りが届いており、敷地内の全ての植動物がそれを受けとめている感覚を受けました。それはとても心地良いものなのです。

手つかずの自然のパワフルさとはまた違う、この癒される感じは本当に印象深く、私のお気に入りの場所です。

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奇しくも3年前と同じ日程で同じ天気、いろいろシンクロして楽しかったですが、一泊で行ったらテンション高いまま楽しく疲れて終わったので、明日からもう一度遅い夏休みいただきます。
父には初ショートステイに入ってもらい、老老病病介護で疲れた母の慰労も兼ねて一緒に、今度は本当に「保養」に行ってまいります。(二泊、今度はただの観光地ですけど、パワースポットです多分。)
秋には1週間くらい東京離れます。(改めて告知予定)

ぼけ〜〜っ!とする時間と空間は、私にはやはりたっぷり必要なのです。



半年が過ぎた

2013.07.10 06:30|コーポラティブハウス
昨年の冬至、2012年12月21日に引っ越ししたので、この夏至2013年6月21日で半年過ぎたことになる。(わかりやすい)
早いものだ。。

落ち着くまではバタバタいろいろあったけど…おおむね幸せな日々だった。昨年までのことを思えば夢のようだ。
昨年の今頃はローンが決まらず、進退を決めかねて全く途方に暮れていたのだが、今は狭いながらも新しい明るい部屋でまったりくつろいでいる。。(それでも初夏の頃まではまだ緊張が取れなかった…足掛け5年緊張し続けた癖はなかなか抜けず…;-;)
半年とは、この部屋と少しずつ仲良くなっていく時間だった。

遅れていた工事も3月頃には大体収束してきた。私自身は3月末にお願いした追加工事がK建設に完全に忘れられていたり(汗)と、細かいことはいろいろあるのだが、自分から催促をする気もなくなって、まったりしていた。

桜の頃、3月30日に自由が丘のレストランで「入居記念パーティー」を開催した。
パーティ
コーポラティブハウスの建築組合内には管理検討委員会、共用部検討委員会、イベント委員会などいろいろな役割があった。私は最初共用部検討会に出ていたが、土日に開催される会議に仕事でなかなか出られないので、日時が決まっているイベントの担当になり、昨年最後の総会後の懇親会の司会などをやらせていただいたが、建設組合が解散したらイベント委員会も解散するので、この入居記念パーティーが最後の仕事として受付を担当した。
お仕事で大規模イベントご担当されていらっしゃる方がいてプロ仕様のシナリオを作ってくださり、私など殆ど居るだけな感じ(笑)
年明けの総会の時点では関係各社の謝罪大会で若干ギスギスした雰囲気だったが、この時は全戸完売し殆どの方が入居されて生活を楽しみ始めていたせいか、和気あいあいとしていた。
皆さん感じの良い方々ばかり。これまでお会いしてきた組合員さんではなくて実際はお子様夫婦が入居されるケースが多く、思ったよりも年齢層が若いことがわかったり、単身おばあちゃまを含め女性シングルも多い。
そしてどの方もこのコーポラティブハウスを様々な角度から検討して選択し、誇りを持って入居されていた。
私のように「ここしか選択肢がなかった…;;」のはかなり特殊なケースだけど…私だって誇りを持って良いと感じられたことが嬉しかった。

5月の最後の週末は、マンションの真ん前の駅前噴水広場の上に特設会場が出来て「奥澤駅前音楽祭」が開催される。地元の方々が様々なジャンルの歌や踊りを披露するもの。
東儀秀樹さん
入居者のお一人が
「私がここに入居したいと思った理由の一つは、音楽祭を借景ならぬ借BGMにしたかったから♪」
とおっしゃっていたが、本当にバックステージで聴いているのと同じで、窓を開け放つとよく聴こえ、賑やかで気持ちの良い2日間を過ごした。
この音楽祭の目玉はフィナーレが東儀秀樹さんなこと! 東儀さんは笙だけではなくピアノもボーカルも素晴らしく弾き語りしてくださったり…ナマ東儀さんをBGMにさせてもらえるなんて超贅沢♪
奥沢駅前は周囲に比べて標高が少し高いせいか風が強い地域なのだが、このビルが建って更にビル風が強くなってご迷惑もかけている。春先は特にひどかったので、音楽祭のテントが飛ばされませんように!とずっと意図していたら、大丈夫だったのでほっとした。

そして都内〜横浜川崎方面〜富士山まで360度見渡せる眺望は、このマンション屋上の自慢かもしれない。(ある日の夕陽)
夕陽

写真


ローン返済も淡々とこなしている。私の場合、月々が昨年までの家賃よりずっと楽なのでその安心感も大きい。
3年間固定の変動金利の底値のときに契約したのでとりあえずは大丈夫だけど、金利はこれからどうなるのかは勿論不明だ…。
それでも、家賃を払い続けることよりずっと気持ちが楽になったのは思いがけないことだった。すごく自由な感覚なのである。大借金を抱えたのに、ハートが楽になるなんて!!

初めての固定資産税を払ったが、賃貸の更新料を思えば全然納得して支払えるお金だ。
不動産取得税がまだ来ないのが怖いところだが、エコポイントが還元されることになったり(まだだけど〜!)、引っ越し貧乏はまだ引きずりながらも、少しずつマイナスが埋まりつつある。

そして既にマンション内クライアントさんも複数いらっしゃるのだけど、先日お一人の方が、
「ここはPieriaさんつきマンションなのよね。Pieriaさんはこのマンションの付加価値なのよ」とおっしゃった。
そ、そんな見方があったなんて…!感動してしまった(≧∇≦)
何しろ私、皆様のお荷物にならないように;-;とばかり考えてきたものだから、こんなご意見はありがたすぎる(感涙)

そういうわけで超駅前の隠れ家となった当室は、半年経ってもまだパンフもHPも改正できていないほどまったり営業中、同時に日々研鑽中である。


「片付け美人」は発展途上 〜 隊長の家 見学ツアー

2013.07.07 22:53|お片づけ
ビュッフェ

もうゴールデンウィークのことで遠い昔みたいだけど、書いておこうと思う。
片付け塾、きく隊長による「隊長の家 見学ツアー」という貴重な機会があった。

充分予想はしていた。お話は伺っていたから。。
お洋服は引き出しをあければお店のように(いえもっと綺麗に)きっちりたたんで並んでおり、キッチンの棚や押入れはどこに何がしまってあるのかがきっちり把握されて、きっちり取り出しやすくモノが並んであり、すみからすみまで完璧にお掃除されている、と。
…本当に本当にそのとおりだった!(笑)

そして、お二人住まいとして決して広い平米数ではないのだけど、圧倒的にモノが少ないので、とてもひろびろとしたスペース感がある。
ショールームのよう、と言えなくもないけど、そんな無機的な感じではなく、こだわりをもって整えらえたインテリアからも住まう人の趣味の良さと温かみが感じられた。
ディテイルの写真は禁止だったが、上の写真は了解を得て撮影し公開させていただくもの。
リビングルームのなんともいい感じのミッドセンチュリーテイストの壁紙に、ぴったりなベルナール・ビュッフェの絵!(実は私は20代の頃ビュッフェが異様に好きで、三島のビュッフェ美術館に何度も足を運んだものだった。)
隊長のお父様はやはり建築家で、霞ヶ関ビルの建築に関わった方だそうだ。そしてビュッフェ氏の描いた霞ヶ関ビルの絵を譲り受けられたそう。

ちなみにこのお宅は隊長の旦那様が独身時代に越した時、何のリフォームも必要がないほど綺麗でそのまま入居されたそう。この壁もそのままだったそうだが、まるでこの絵が掛けられるための壁のよう。
その後にお二人は出逢いご結婚、隊長がご入居されたのだが、隊長の荷物は約2畳弱のウォークインクローゼットに全て納まってしまったそうである。
そしてここが重要だが、旦那様もモノが少ない整理上手な方なのだそうだ。(そうじゃないとお互い苦痛になってしまうと思う…)
書斎やパソコンはお二人で共用なのだそうだが、私のように書類が散乱することなどなく、自分の仕事を終えたらきちんと自分の収納場所にしまわれているのだろう、デスクの上にはノートパソコンだけがすっきりと置いてあるのであった。

ツアーでは全てのお部屋、ご主人の私物以外の全ての収納を、引き出しまで全部開けて見せてくださった。
すべてが整然としていたのだが、隊長のお洋服や荷物が殆ど納めてあるウォークインクローゼットは、まるで「秘密の小部屋」的な素敵な感じがした。
ブティックよりも綺麗に並べてある洋品類の上に美しいオーガンジーの布がかかっていたり、小間物の入っている引き出しの中には意外に可愛らしいもの(ダッコちゃんのマスコットとか、可愛い系のレトログッズなど)もあったり、同類のものが大体まとまっているけど、分散しているものもあり、整然とはしているけど、案外その中で構築中、移行中の秩序があるようにも感じられた。
つまりちゃんと「生活」があるのだ。

でも…思った。同じようにするのは私には絶対無理だと。。(涙)
大体書類一つ納めるのに私はこんなに綺麗にファイリングできない。私はファイリング能力さえあったら、未だに会社員を続けることさえできたかも、というほど苦手なのである(泣)
でも会社を離れても家の中にも事務があるし、全て自分でやっている個人事業主は尚更である。
更に前よりスペースは小さく、余裕がないのですぐに散らかってしまう。それが困る点ではあるが、私のような片付け下手は、広ければいいわけでは決してないのだ。
分母が大きくなれば、その分大々的に散らかすからだ(汗)
そして…移転後半年過ぎた現在の家で、早々とエマージェンシーランプが点灯中なのだ…(大汗;)

隊長の家を見た隊員へのインタビュー記事、ご参考までに。私は「片付け美人」なのだそうだ!(爆笑)
ご挨拶
その1:隊長の家を見た感想
その2:片付け塾を申し込んだきっかけ
その3:片付け塾の感想
その4:何が大変だったか
その5:狭い部屋に越したこと
その6:これから片付けたい人へ

読みながら、インタビューで言い忘れたことを思い出した。
このインタビューや、お片づけの記事に書いたように、何を残して何を捨てるのかという識別はとても難しいのだが、私は片付け塾で、自分の「人に歴史アリ」的な遺物(汗)を処分する時、そのモノの由来や素性やいくらだったとか誰々ちゃんがどうした時のだとか元カレのだとか、どうしたこうしたとあれやこれや語りまくったこと!!
それを隊長はただ聴いてくださった。そして語り尽くせばもう捨てられる!というモノが多かったのである。。
つまり私たちが片付けられなくなる場合、モノそのものよりもモノの背後にあるストーリーに縛られて手放せないことがあるということだ。語られることを待っているストーリー、それを語ってあげることによってタイムラインのエネルギーが解放され、識別がより正確にできるようになることはあると思う。
そのためにまるで審神者(さにわ)のように、仲介する人として隊長のような方に見守られると、お片づけが進みやすいということがあるのだ。

そういうことも含め、もっと技術的なことでもやはり出来ない事は早めにギブアップして頼ろう、隊長を^^;
で、半年ぶりに片付け塾の予約をする私なのであった。

お金は大変でした&家電で悩み中

2013.03.23 23:27|お金とスペース
先日無事に確定申告を済ませた。
過去2年間、ローンを組むために殆ど経費を計上せずに所得を出していたが、昨年分は移転費用なども含めてしっかり計上したら、なんと控除額が所得を上回ってしまった。社会保険料控除だけで60万近くあった。
昨年は頭金(自己資金分)を使ってしまいそうで怖いくらい税金と社会保険料を払ったし、一昨年は税金を払うため保険解約までした。原発事故の後に長年掛け続けてきたがん保険を解約するという意味不明さだったが、冷えとりをしている自分は高度先進医療は受けない、と折り合いはつけた。
Marmaria先生のマヤ暦のワークで教えていただいたが、次元上昇前のグレゴリオ暦とは「税金徴収システム」だったそうだ。多分私のプロセスはカルマの解消に近いものだろう。払い切ったことだけは自分を褒めたい;;
…というわけで私は今年は所得税は払わないが許されるよね? 地方税はどうなるか調べていないが事業税もないはずだ。
不動産取得税は支払うはずで、このために未だ節制中である(汗) 残念なことに平米数が小さいので住宅ローン控除はナイのである;-;

正直、日常生活は貧乏のどん底だったのだが、同時にすごい単位のお金を動かしているので、感覚が混乱していた(汗)
で、引っ越しのドタバタ時はまだ神経がピリピリしていたが、いったん落ち着いてぼーっとしたらやらかした!
一昨年の名残のバカ高い地方税と国保と国民年金が1月末に引き落とされていたのに、カードのWeb明細をチェックし忘れていたら、「引き落としできません!」とカード会社から電話。
うわ〜〜っ!!ブラックリスト入り、せめて住宅ローン組んだ後で良かったーー(大汗;)
信金さんに確定申告の報告に行き、その件が伝わっていないかとドキドキしながら、
「あの…ぶっちゃけ、私ってホントはこんな所得なんですけど、ローン取り消しになったりしませんか?」と担当さんに聞くと、
「大丈夫です。むしろなにかご相談ありましたら、いつでもどうぞ。」と言ってくださった。
ほっ。なんて優しいんでしょう〜;-; 感謝とともに頑張って払いますよ〜^^;

で、もうクレジットカードなどというロスチャイドの手先なツールは極力使わん!と決意したが手元不如意で、泣けてくるほど有り難かったのが、鍼灸学校のクラスメート有志からいただいた引っ越し祝い。
最初は悪いと思って遠慮していたが、背に腹は代えられなくなり、
「家電買えるギフトカードください!!」とお願い。
物持ちの良すぎる私でさえ、この移行期にいろんな家電が一気にやばいことになっている。

洗濯機は必需品だけど、とりあえずクズ取りユニットだけの破損なので、数百円のクズ取りネットで間にあわす。

掃除機は3年前に替えたばかりなのだが、変な音がし始めている;;
そして…フローリングは埃がすごい! これまでのカーペットと畳ってどんだけ見えてなかったのか!? クイックルワイパーのシートはほぼ1日で取り替えになる。
ここで遂にルンバ登場っ!?と意気込んだのだけど、実家で見てるルンバくんの大きさを考えると…ウチはまじで狭すぎる。絶対座礁するだろうし、充電スペースすら辛い。。
小さい他社製品も出たけどなんだがおもちゃみたい…と悩みまくり、結局今の掃除機をメンテしつつ、壊れるまで使い切る+クイックルワイパーで頑張ることを決意。

次に開業時から使ってるfax、電話機能は大丈夫だけど紙送り部が解体寸前。
もうfaxの時代ではないが、発注が未だにfaxのみ対応の業者さんやメールを使っていない方への送信など、年に数回の使用はある。。
今の家電ファックスはほぼP社とS社のみで、留守電の応答メッセージの自作が2種できるのはP社しかない。が、P社のデザインが全然ぱっとしない+_+;
安いし必要なのだが、どうも買いたくない。断捨離を経てからモノを買うことのハードルが相当厳しい私なのだ。

で、プリンターを複合機に変え、留守電つき電話を単体使用したらどうか?とか。
→現プリンターのインクが高くて嫌なので替えてもいいとは思ったけど、fax複合機がゴツすぎて置きたくない。
更に単体留守電機も自作メッセージ2種以上のものが殆どない。(定休日用、施術中用、臨時休業用で3種欲しいのだ。)

では、faxモデムを使ってMacでfax送受信し、業務用留守電+カッコイイ電話機を買う?とか。
→なんかトータルで高いし。積極的に欲しくないものに折角のクラスメートの心遣いを費やしたくない。
(私はもともと相当ケチなのである…)
でもとりあえずMacユーザーには貴重な感じがしたのでモデムは購入し(個人輸入なので自費、当然経費)、もうすぐ届く。これが使えそうなことを確認できたら、電話機能は新たに考えるか。

それにしてもこれだけモノが溢れている時代に、何故本当にニーズに合うものがないのだろう。。
で、考え方を変えてみた。
ものすごく必要ではないけど本当に欲しいもの、でも自分ではなかなか勇気が出ないものを購入させていただこうと。それはオーディオ。
ケンウッドの往年の名器を手放してから安物を使って、CDによっては音飛びがひどい。でもiPodの時代だし、ラジオは鳴るからいいか?と思ってきたが、、なんかコレが欲しい。日常のテンションがあがりそうだ。
というわけでクラスメートの皆様、コレのグレーを購入させていただきます!

早くも3ヶ月

2013.03.23 22:43|コーポラティブハウス
早いもので、既に引っ越し後3ヶ月が過ぎた。
遅れていた工事も殆ど終わり、共用部も整ってきた。私自身は基本的にはとても快適に暮らしているが、驚いたことにまだ入居できない人もいらっしゃるのだ。そのストレスは相当だと思う。

施工会社からは何の説明もないが、竣工および工期の遅れは、内装をする職人さんが東日本大震災の復興のために東北に駆り出されていて人手不足なのが大きな原因だと思う。このマンションに限らず、いろいろなところでそのような話を聞く。
施工会社は、今いい職人さんを抱えておく力があるかどうかが鍵なのだろう。基礎工事や鉄骨状態では問題がなくとも、人が住む家にするには内装工事がちゃんとできないと話にならない。
マンションは下から作っていくので、私のような下層階はまだましだったのだと思うが、上層階は2〜3ヶ月単位で工期が遅れた。内装が全然駄目で、やりなおしの連続だったりしたそうだ。

実は私の家も、それほど大問題ではないものの沢山手直し箇所があった。あまりに杜撰な仕事をする職人さんには、「それでもプロなんですか!?」と言いたくなることさえあったが、疲れと面倒さで妥協したところもある。
目立たない部分なのでいいかと思ったのだが、とても後味が悪い。これだけ頑張って作った家なのだから、変に妥協なんてしてはいけなかったと後で反省した。

来週末が入居記念パーティーなのだが、施工会社は欠席である。多くの人と組織の協力で出来たコーポラティブハウス、みんなで笑顔で感謝とともに打ち上げたかったのに残念だ。
むしろ重役レベルの人が出席してきちんと経緯を説明していただければ、皆納得するのではないだろうか。
今年最初の臨時総会では、としまち研さんとコーディネータのF公社さんが組合員に謝罪したのだが、施工会社は担当者レベルの漠然とした答弁で、残念ながら誠意が伝わらなかった。
全ての荷造りを終えて転居手続きをしながら引っ越し前日にキャンセルとなり、そのまま2ヶ月延期になってしまった、などという方の気持ちを思うと…複雑だ。
私のように入居までが茨の道だった人もいれば、竣工後に大変な経験をした方もいらっしゃるわけで、このコーポラティブハウスはクリーニングの余地が今後も沢山ありそう。頑張らなければ。

引っ越し後実質2日間で施術室を立ち上げ、仮オープンして12/29に無事に年内クローズしたのだが、気になっていたのに忙しすぎてできなかったことを、12/30にしてみた。線量測定である。
線量計

浄化ワークをしているからかもしれないが、室内どの場所も大体この数値に落ち着いた時は、本当に本当にほっとした。(この機種は高めに出ると言われているのだが、大体いつもこのくらい。)
どこまでも疑い深い私は、としまち研やF公社は大丈夫だと保証したにもかかわらず、もしも何かの影響で被曝マンションだったらどうしよう!?と、不安が拭えなかったのだ。
水性のエコペンキにオーラソーマの「エナジャイズドペイントアディティブ」をスペースごとに4種、贅沢に使ったスペースは、お蔭さまでとても居心地が良い。

3月になって黄砂とともにPM2.5などの汚染物質が花粉に混じって飛ぶようになっても平均はこのくらい↓。0.06〜0.12mcSV/hくらいにおさまっている。
(福島の放射能よりも中国大陸からのほうが実はひどいらしい。中国大陸では公開されていない核実験も行われており、放射能入りの複合汚染が広がっているのである。)
線量計2

この土地は都内でも標高が高いせいもあるだろう。当室にいらっしゃる方はとりあえずご安心いただきたい。
微力ながらクリーニングと浄化(福島→日本→アジア→地球全体レベルまで)を続けていきたいと思っている。


2012年12月21日、その日のこと。その2

2013.02.27 15:55|お引っ越し
その後は速かった! あっけにとられるくらいに。。
10年以上いくら頑張っても片付けられず、最後の最後までちゃんと荷造りさえできなかったトホホな私の部屋が、たった1時間ちょっとで完全カラッポになってしまったのだ!!!
私の最も大きな恐れは「この家を出られないんじゃないか…?」という根拠のない不安だったと気づき、それが引っ越しマイスターサ○イのおにいさん達の手際の良さと力技であっさりクリアされ、本当に本当にホッとしたのだった。。感動だった♪

掃除も大体済ませて数百メートル先の新居に移動したが、エレベータが1台しかないので2時間近く待機となり、母と二人で遅い昼食を取る時間もあった。
そして16:00頃から搬入開始。小さいスペースがダンボールの山でどんどん埋まって身動きが大変なほど。。開梱と新たなお片付けの大変さは覚悟したが、物理的なものごとには必ず終わりがあることを身を以て知りつつあった。

この日2012.12.21の20:11:37(日本時間)に、オーラソーマファミリーから瞑想の招待があった。象徴的なホロスコープも示されこの時こそがマヤ暦のサイクルの終わりと知った。
でも私は、ふんっ瞑想だぁっ!?それどころじゃないわっ!的にダンボールと格闘中。多分この日だけでも10個以上開梱した。そんな妙なハイテンションが年が明けて片付けが一段落するまで続いたのだった。
私は惑星の影響をかなり先取りして感じるタイプだが、物理的な移動が最後の一押しとなり、自分自身は既に次元上昇というか、少なくとも完全にフェーズが変わってしまっていたと思う。

21:00過ぎに母と食事をして見送った。高齢病身の母だが、猫の手ならぬ「ライオンの手」以上の働きをしてくれて本当に感謝だった。そして駅前の「バーミヤン」の普通のメニューがこんなに美味しく感じられたことはなかった^^;
母は4年前からの私の挫折の連続を思うと、今回のことが胸に迫ったらしく何度も感涙にむせんでいたが、帰る途中の電車内では妙に寂しくなったそうだ。ずっと賃貸住まいの私がいつかは実家に帰ってくるとどこかで期待しており、その可能性がなくなったことに対して。(私自身は四半世紀前に家を出てからそんな考えはただの1秒も持たなかったが、親とはそんなものなのだろう。)

その後、旧居に置いたままの掃除道具を引きあげに行った。
既に懐かしいナンバーキーを押して一歩室内に入った時…私はこの家の本当の「音」を知った。
シン…という「無音の音」がそこにあった。
こんなに静かな家だったのか…!私は一体今までここで何を聴いて、何を感じてきたのだろう!?

家はびっくりしてあんぐりと口をあけた表情で私を見つめていた。ショックを受けてとても悲しんでいるのがわかった。つい数時間前までのあの飽和状態が一気にガラ〜ンとしてこんなに広かったのかと驚き、これまで私が感じてきた「狭い!」「苦しい!」感じとは、私の前半生の所有物、それも今はもう不要なモノたちの饒舌すぎるつぶやきを聴いていたからだと理解した。

反射的に涙が流れてきて、ごめんね、許してね、愛してる、ありがとうとつぶやき、特に「ありがとう」を何十回も繰り返した。脱サラし鍼灸学校を卒業したが自分が何者かわからなかった頃から、今の私の基盤を育んでくれた家だ。
私に「行って欲しくなかった…」という家の気持ちも感じたが、全ての部屋に感謝を伝えながら、全ての窓をあけて新しい時代の夜気を入れると、家は少しずつ本来の落ち着きを取り戻していった。とても落ち着いた家だったのだと気づく。
生前のおばあちゃま大家さんが、ここに住んだ人はみんな出世してるわよ、などとおっしゃっていたことを懐かしく思い出す。おばあちゃまも見守ってくれたのだろうか。。

そして残りのゴミを捨てて荷物をまとめる頃には、家は新しい入居者を待つ賃貸マンションの一室の顔に戻っていた。私は見えない握手をして敬意と別れを告げた。きっと今頃はフルリフォームされているだろう。
着たきりのペンキ汚れのジーンズで、掃除機とゴミ箱とバケツを持って深夜の奥沢を歩く私は相当異様だったが、とても満たされていた。

以上、これが超わかりやすい私のアセンションデーだった^^;


最終的にはこの日7世帯ほど入居したようで、最後のお宅は深夜までかかった様子。
ホ・オポノポノとしては工事の遅れも全てが私の責任だけど、コーポラティブハウスということもあり集合意識が多分に影響していると感じている。私自身はローン決定が最後だったのに、希望通りそれも期せずして初日入居となったわけで、多分最初にエントリーしてエネルギーを整える役割があるのかもしれないと感じた。
その後はお片づけとクリーニングの日々である。12/25のクリスマスから仮オープンして12/29まで施術をし、年初は1/6から正式オープンして今に至る。お片づけワークは大変だったが、本当に興味深い日々だった。

そして同じ街に住んでいながらエネルギーが全然違っている。自分もそうなのだが、街全体も違う。
次元上昇とはこういうことなのかと感じていたが、年末年始をはさんで平均睡眠時間2時間とかいう日々が続いても不思議に元気だった理由を、宇宙の暦を解いてわかった。
先日開催したMarmaria先生のワークショップで、マヤ暦の次元が閉じるための7ヶ月の最初の「白い魔法使い」の月に私は城南信金の住宅ローンを申し込み、私のガイドである「黄色い戦士」の月にローンが決裁され、そしてアセンション前後の「時間を外した月」の中心点である12/21に引っ越しを遂げたとわかった。

そうだったのか…。
「時間を外した月」は1/9までで、全てから解き放たれた軽やかさの中にいたのでテンション高かったのだな…。
轍の無い道を歩く不安とワクワクがないまぜのまま歩いてきたが、全ては導かれていた、という実感があって感動だった。

その後は新しい創造のための神秘の月が7ヶ月続く。過去の復習的な意味合いもあって学びもあろう。3/6までは「真の豊かさ」を夢見る直観の月だ。税金や確定申告に頭が痛いときだが、懐具合とは関係なく、本当の「豊かさ」に意識を向けていたい。

1月のあの大雪が降った連休の初日、家族を奥沢に呼んで部屋をお披露目し、ランチ会をした。
悲喜こもごもいろいろあったものだ。弟夫婦と、親子ローンが駄目になった後脳溢血で倒れた父も、杖をついて頑張って茅ヶ崎から来てくれた。美味しいフレンチを楽しく味わえた。
結局家族に負担をかけずにほぼ自力、というよい形で移転できたことが本当に嬉しく、この写真がこの足掛け5年(年が明けたので!)の大仕事の締めに相応しいと思ったので、家族写真初公開(→サムネイルに変更、後列白い服が私。)

家族会


<ご参考>
ちょっとした別記事はこちら(サブブログ)「時間を外した月」を抜ける直前に書いたもの。

2/2のワークショップに関してのこと(メインブログ)→その1 →その2(報告記事)



2012年12月21日、その日のこと。その1

2013.02.27 13:46|お引っ越し
忘れないうちに書いておかなければと思った。
2012年12月21日、巷では現世界が終わり次元上昇する日として、あることないこと言われていたその日である。
「何も起こらなかったじゃないか!」という声もあるかと思うけど、次元上昇は確実に起こっている。
各々が、それぞれの次元で体験しているはずなのである。かなりわかりやすい一例が私だ。
どこまでもハラハラドキドキ好きでお騒がせな自分を、どうしてもクリーニングしきれない件でもある…(汗)

夏にローン決定し、引っ越しを目標にお片づけに苦労しながら秋が深まりつつあったが、私は、ホントに大丈夫なんだろうか?城南信金さんは「え、やっぱりあれ嘘ですから〜」なんて言わないだろうか??なんだかこのままスンナリいくのは甘すぎる〜!?と、いつもの苦味好きの余計な疑惑がフツフツと沸いていた…(←オイ;)
それは私自身のお片づけ不能とかの、個人レベルなことだと思っていたのだが…
11月末にとしまち研さんから「引き渡し日延期のお知らせ」が届く。

な、なんとここへきて延期っ!?
竣工が近づくにつれ工事が相当遅れていることはわかっていたけれども、11/17の最終総会でも建設会社の担当からは何の話もなかったので、予定通りの引っ越しと年末年始の業務日程を立てて既に告知していた。
気学の先生にも観ていただいて私にとって最も良い引っ越し日取りを決め、引っ越し業者にお願いした。
それがウワサの12/21金冬至だったのである。

建設会社は総会で組合員をパニックさせたくなかったのか、はたまた叩かれるのが嫌だったのか。。
としまち研さんが選んだK建設が特に悪い会社だとは思わない。やはりこれだけ大規模なコーポラティブハウス、つまり超ワガママな自由設計の住戸を一斉に建てて一斉入居させるのは相当大変な仕事だろう。震災の影響で職人さんが東北に駆り出されているので人手不足だという話も漏れ聞いていたが、あまりにも判断が遅すぎる!と思った。

私は金融関係や新旧の土地と建物、としまち研やF公社(コーディネート会社)、建設組合の人たちや自分自身のお片づけについてのクリーニングは続けていたが、「K建設」自体をさほどクリーニングしていなかったことに気づいたが遅かった…。
そして延期になった引き渡し日こそが、私の引っ越し予定と同じ12/21だったのだ!

問題が生じた。前日の12/20木に床のワックスがけをすることに早くから決めていたのである。あるクライアントさんのご希望もあり、手伝っていただくことにしていたその方と私のお休みが木曜だった。
ワックスがけは引き渡し日の12/21にして、引っ越しは1日延ばして12/22にして欲しいとも言われたのだが、クライアントさんがそれでは無理だし、私自身は一日延びると実質1日だけで仮オープンに向けて施術室を立ち上げなければならず、絶対無理!と判断。
だから譲らずに当初の予定通りでやりたい旨を貫き、引き渡し前日の12/20に入室できるようにしていただけたのはほっとした。(このワックスがけは本当に楽しく、自分でやって良かったと思った。)

何度内覧を行っても不具合や未済の箇所が残っていて入居後対応ということになったり、使っていたオーラソーマ棚は早いうちに現場に持ち込んで職人さんに塗装していただく予定だったが、結局そんな余裕はどこにもなく、自分で塗装して持ちこむことになり、更にそのペンキを渡されたのが移転直前の混乱した現場だったり。。
私は12/19まで旧居で仕事をしていたこともあり、結局その夜に大切な棚(元は檜の無垢材)にド素人がペンキ塗りをし(それなりに楽しくはあったが、もぅヒドイ仕上げである!涙;;)、翌日(つまり引っ越し前日)12/20の昼間は信金さんとのローン実行打ち合わせと、棚の搬入とワックスがけで終わる。
つまり荷造りが一番後回しとなり・・・カンテツした12/21当日の朝の時点で7割くらいしか出来ていなかった(汗)。とことんハラハラドキドキである。

そして何より一生忘れられない大スペクタクルは、はからずも引き渡しとローン実行と引っ越しが同日となったことである。
当日朝9:00、完徹しても荷造りが終わらずパニック&ぼーっとした頭のまま、現場の集会室に引き渡し手続きに行く。(玄関アプローチから何から、もしかしてついさっきコンクリート打ったんじゃないか?と思われるほどの突貫具合だった…汗)
本来はローンが実行されてコーディネート会社の領収書があってはじめて引き渡されるのだが、信金さんによれば9:00に実行されて領収書を受け取れるのが早くとも10:00だと言われ、発行され次第提出でOKだという了解は得た。
鍵をもらって入室してみる。初めて入室した時の写真がこれ。
玄関ドア

2012.12.21朝1

2012.12.21朝2

朝の光がまぶしく感動的ではあったが、荷造りのためすぐに戻らなきゃ!と焦っているので感動に浸る余裕はナシ。。

戻ると、信金の担当者さんが慌てて駆け込んでいらっしゃる! 前日に打ち合わせて必要書類は全て提出してあったはずなのに、
「スミマセン!書類1枚忘れていました!」
その書類に記入捺印し、「すみませんでした〜、これで大丈夫です。」な筈だったのに、更に数十分後、
「スミマセンっ!!もう1枚お願いします!」と再度慌てて駆け込んでいらっしゃる。
団体信用保険をローン審査申し込み時の6/21に申し込んでいるのだが、これの有効期限が申し込みから6ヶ月で、つまり前日の12/20で切れていることに気づいたのだそう。あぶない〜。
夏至に申し込んで冬至に実行(ちなみに決裁は終戦記念日)という、かっきり6ヶ月というのは何かの符号だろうか…? 団体信用保険の申込書(これは結構面倒なのだ…;;)を、新たに1から書いて実印を押す。
(ちなみに総選挙直後で自民政権となり最悪金利が上がる可能性もあったそうで、そうなると相当混乱するところだった。助かった。。)
信金さんは旧居の筋向かいなので、行き来が楽なのが幸いだった。そしてまた数十分後、結局11時前頃に
「大変お待たせいたしました〜。領収書が出ました。」
と連絡があり、今度は私が出向く。引き渡し日なため、登記事務所が混乱していて相当ややこしいやりとりがあったようだが私が聞いてもどうせわからないし、担当者さんは一手に引き受けて見るからにヘトヘトだけど、一生懸命やってくださっている。本当にありがとうございます、城南信金奥沢支店のMさん!

私は再度現場の担当者に領収書を提出しにいき、また旧居に戻って荷造りを続け、約2時間の間にそういうやりとりと移動がバタバタと続いたが既に12:00近く、引っ越し屋さんは12:30到着予定だった。
本棚の本と、施術室の物入れが殆ど手つかずだった。。
実は義妹が手伝いに来てくれることになっていたのだが都合が悪くなり、代わりに急遽母が茅ヶ崎からやってきたのがこの頃。
え〜ぃもうどうにでもなれっ!という感じでサ○イ引っ越しセンターのおにいさんたちを迎える。

私「ごめんなさいm(_ _)m 本が殆ど手をつけられませんでした;-; ダンボールが足りなくて紐で縛ってますがいいですか?」
サ○イ「わかりました〜!やはりダンボールに入れて欲しいので追加持ってきますね。」
と、明るく言ってくださったので救われた〜;-;

そして遂に遂に、引っ越し作業がスタートしたのである!!
ここに行きつくまでが、、長かったのだ〜〜。(その2へつづく


<追記、ってか反省>
ローン決定に関してあんなに大変な思いをしたのに、まだ味わいたいのか苦味をっ!…バカすぎでした。
あと、混乱しがちなウィークポイントが出てました。
クリーニングしつつ、甘さを味わってもヨシ!と、もっともっと自分を許すことにします。(2013/2/28)

引っ越し前後のお片づけ

2013.02.25 23:24|お片づけ
片付け塾」の「きく隊長」は、立ち居振る舞いが本当に静かな方である。
全ての動作がほとんど音をたてずになされるのに、すごい仕事量をこなしていらっしゃる。
押し入れの中に何年も備え付けてあったカラーボックスを、引っ張り出して中身を選別して最後にはカラーボックス自体を分解するとか、本棚の本を全部出して、私に選別させてそれをまた仕舞うなどというかなりダイナミックで凄い作業量を3時間の間にこなすのだが、本当に淡々と静かなのだ。
粗忽者の私なら大騒ぎで、いろんなところにバタンとぶつかったりガチャーン!と何か落としたり、確実に見苦しいことになる(汗)

衣類のたたみ方を教わった。これはマジで子どものときに知りたかった~!と思った。
ショーツのたたみ方など母にも教わった記憶がない。だから私の下着類は引き出しのこのへんがショーツでこのへんがブラで、っていう感じで「投入」されはするが、すぐに混然としてしまっていた。
また、冷えとり健康法をしている人はわかると思うが、私の所有する靴下の数は半端じゃない(汗)
過去に押し入れ用の引き出しケース一段をほぼ全て占めていた靴下類は、洗った後一応一枚目、二枚目、三枚目…と分けて入れるのだけどそれは一瞬の錯覚に過ぎず、すぐにカオス状態…>_<

それが今回靴下を初めとした衣類全般ののたたみ方を教わって半年近く、引っ越しを経てもとりあえず選別が保たれている!これは画期的なのである。(↓まだまだ残念;;だけど、自分としては画期的^^;)
今のタンス

でも…隊長がたたんだモノと私がたたんだモノは、明らかに違うのだ。
洗ったばかりの時は全く同じモノだったはずが、隊長がたたんだほうはとても落ち着いて、満ち足りて、自分のあり方を喜んでいるように見える。
それに対して、私がたたんだモノは見るからに残念(/ _ ; )…なのである。それは店員さんの「おたたみ」がきちんとできていない残念なお店の商品と同じだった。

聞けば隊長は、果たして
「私はモノが一番喜ぶ状態にしてあげるのです」
とおっしゃった。
洋服でも下着でも靴下でも、隊長はそれらをきちんと床に置いて正座してたたむ。そしてそれらがどこで折って欲しがっているのかを手を通じて感じていらっしゃる。それは単なるおたたみという行為を超えて衣類と静かにコミュニケートしていらっしゃり、淡々とたたみ続けるその姿には、ある種瞑想者のような質を感じる。

「そうすれば長持ちしますし、次に着るときに気持ちよく着ることができます。」
確かに。。
料理以外の家事は大嫌いな私は、洗濯物を取り込んでたたむなどという行為は、ほぼ毎日しなくてはならないことなのに、そんなことに人生の時間を割くのが無駄だとさえ思っていた人間である。
意識を向けたくもないので、バババーーッとすごい勢いで物干しから外して、そのまま引き出しに放り込んでバタンと締める。早さが命、っていうかその荒っぽさは何かに仕返しをしているような気分になることもしばしばだった。
私は幼いころから相当ぼ〜っとした不器用な子どもで、何をするにも時間がかかったので、親に何かを命じられるとその最後に必ず「早く!」がついた。イライラする親に「早く!」「まだなのか!?」と何度も言われ、常に責められている感じがして苦しかった。その記憶に仕返しをしているのだろうか?
更に今は冷えとりの靴下たち+業務用の洗濯物など量が半端じゃないので、それに意識を向けていたら本業が洗濯のような気さえしてきて、それはかなりうんざりすることだった。。

私「なるほど…。たたむことから始まるのですね。」
隊長「いえ、干すところからですね。」

…う、、確かにっ(汗;)私は干すのも早さだけしか考えていなかった。嫌な仕事なのでともかく早く終わらせて、要は乾けばいいと思っていた。
でも毎日着るものをそのようにぞんざいに扱っていると、次にまたそれを着るときに干された時の癖がそのままついているし、それは服にとっても着る人にとっても良くないということはわかる。

私「干すときはまずどうするのですか?」
隊長「まずはきちんと持って、ちょっと振ってあげて繊維のねじれを解放します。そうすると、どう干してほしいかもわかるんですよ。」

業務用バスタオルはバサバサと10回くらい振るとタオルの繊維が立ち、乾いたときにきちんと空気を含んでふっくらすることをここ数年で知ったが、なるほどともかく振れば良かったのか…。でも私はその振り方も荒っぽいし、いまだに急いでムリクリに洗濯バサミではさみまくって変な形に乾いている服や靴下も多い。
でもとにかくたたむ時だけは、そんなモノたちにごめんね、許してね、愛してる、ありがとう、などとクリーニングしながらたたんであげるようになった。
そうすると確かに次に着るときに選びやすいし、多分長持ちするし、何より衣類たちが喜んでいるし、そして本当に捨てるタイミングもわかるのだと思う。

隊長のご指導は大体こんまりさんの考え方に近いと感じたのだが、その静けさの質が素晴らしかった。そういう方がただいらっしゃるだけでハートの識別力が増す。そして見守られている安心感で普段できないことも出来てしまう。
引っ越し翌日を含めて、計5回指導していただき、なんとか引っ越しが出来た私である。

45平米に溢れていたモノたちが、39平米にいったいどんなふうに収まるのか、ずっとずっと本当に不安だった。
これらを片付けて荷造りして引っ越しなど、私にできるのだろうか? 無理な気がする…と(泣)
そして実際作業にかかると具合が悪くなったり、私の中の過去星人(=片付けたくない星人とも言う)との戦いも壮絶だった。ものすごく苦しかったが、隊長のサポートあってこそなんとか勝利できた。
粗大ゴミは20個以上出し、本は300冊以上は処分した。「差し上げます」シリーズのブログ記事で告知した使えそうな家具や家電は、ご縁のある方の手元にリサイクルされた。
そして、とにかく捨てた捨てた捨てたぁ〜〜っ!!
壊れていないから等の理由でなんとなく家にあったものを、今後行きて行く自分にマッチしないと感じたものは、クリーニングしながら捨て続けた。感覚的には1トンくらい捨てたかもしれない(笑)
本の整理


それでも引っ越し当日の朝、いろいろと手間取って7割程度しか荷造りが終わらず泣きそうだった。ダンボールも全然足りない。
でも、最後はサ○イ引っ越しセンターの引っ越しマイスター(=おにいさん)達の大活躍でとどめを刺した。
何せ10年以上かけて動かせなかったモノたちを、わずか1時間ちょっとでザクザク運び出してくださったのだ!スゴかった〜〜!!
本を詰めた激重ダンボールを2個(!)かさねてひょいと持ち上げて小走りで運び出す、プロの技と力に度肝を抜かれ、同時に感謝感激だった。

結局トータルでダンボール70個近くはあっただろうか、2012年12月21日の夕刻、新居に運びこまれたそれらの開梱という格闘がはじまったが、ともかく移行してしまえばこっちのもの!という感覚もあり、思ったより軽やかに進んだ。
そして実質2日間で施術室を立ち上げて、予定通りプレオープンすることができたのである。
施術室

プライベートスペースは年明け後もしばらくはカオス状態で、ダンボールの間にヨガマットを敷いて寝るような生活だったが不思議に元気だった。
サカイのダンボール

お風呂セットが最初の数日出てこなくて、石鹸で髪を洗ったりしても幸福感さえあった^^;

実は引っ越し後のほうがモノを捨てること、いわゆる断捨離が進むようになったのだ。こちらに来てから本は更に100冊以上処分したし、うまい具合に寄付先がみつかったり、手放しがスムーズになってくる。
新しいスペースに入るということはハートの刷新。本当の識別ができるようになるのだと感じた。
2013年の2月に入るとかなり落ち着き、更に第二段階のお片づけ要素も見えるようになってきた次第。成長しつづけている。(っていうかどんどんコンパクトになってきてるのだけど^^;)

隊長と一緒にお茶をいただいている時、召し上がったお茶菓子の包み紙の捨て方さえ美しかったことが印象深い。
きっちりと小さくたたんで、ゴミとしての嵩を最小限にして捨てていらっしゃるのだ。その振る舞いの美しさを、これから更に学びたい。今後もまたご指導を仰ぎたいと思う。


(ローン実行と引っ越しそのものについては、別記事にまとめ中。)

「片付け隊長」が来てくれた!

2012.10.25 23:26|お片づけ
久しぶりに、こちらを書こうと思う。

この不動産ワーク、夏までは正確に言えばほぼ全てが「お金ワーク」だった。
本当のスペースワークは、その後ようやくスタートしたのだ。

新しいスペースは、今よりコンパクト。
だから私はより身軽になって引っ越しをする必要がある。

普通はこの年代になると、有形無形の沢山の「財産」を持つものだろう。
現金預貯金や不動産、家財道具、服飾品、趣味の道具、仕事に関わる書籍や道具、そして子どもや配偶者、友人、そして記憶と思い出。。
全ては大切なものだけれど、有形でも無形でも財産を管理するのはエネルギーを使うのだ。
そして私のように配偶者も子どももなく、大した家財道具や財力を持っていなくても、生きてきた年月の分のエネルギーを本当に「重く」感じる。「豊か」とも言えるものなのかもしれないのだが、そういう感覚はあまりない。
特に私は、物とのつながりが強い牡牛座生まれ。恐ろしく物持ちが良く、自慢じゃないが20〜30年モノの家電が壊れずに沢山あるし、中高生のころから使っているグッズも多い。(つい最近、高校生の時から使っていたくるくるドライヤーが壊れてようやく手放せた!)
本当に自分のハートのスペースに容れておいていいものかどうか、それはこんまりさんのお片づけ本でいう「ときめく」ものなのか否かなのだが、本当に見極めなければただモノのエネルギーに振り回されて消耗してしまう。

更に社会生活をしていると、全くときめかない、っていうか正直うんざりするけどきちんと管理しなければならない書類やモノが沢山ある。財務関係、契約書、保険、年金、属している様々な会の書類等々…。
そういうことをきちんと管理しながら、自分のハートのときめきをメンテナンスし続けることは、実は私にとって最も難しいワークである。
仕事をして、お子さんを育てながら、夫婦関係や親子関係もきちんとケアした上で、自分のハートを養っているような文字通りスーパーマン&ウーマンな人も周囲にいらっしゃり、そんな人のお部屋が綺麗だったりすると、私はもうひれ伏したいほど尊敬してしまう。

つまり私は「この世できちんと生活していくこと」、時間と空間に制限がない宇宙空間ではなく、1日24時間で夜と昼があって食べて寝て暦がある地球の一角のスペースで生きて行くこと自体がチャレンジなのだ。
だから、広いところに越したい!と思って始めたはずのスペースワークではあったけど、実際には小さい空間に移ることになり、それは違うのではないか!?と何度も何度も検証した。
でも、それこそハートはものすごくときめいていた、っていうかドキドキしすぎて既にヘトヘトなほどで(汗)、逆に、人生半分を過ぎた今くらいの時期に、いったん大掛かりな身辺整理をして生活をコンパクトにすることは、チャンスなのだと捉えることにした。

つまりフレッシュで小柄な彼(部屋)と再婚するために、古馴染みの今の包容力のある彼(部屋)と円満離婚する!というチャレンジングな決断なので、そのためにも今の彼(部屋)に深く感謝し、少しでも素敵で快適なスペースで残りの数ヶ月を一緒に過ごそう!と意図したのが8月末。
この回に少しだけ書いたけど、プロの先生に来ていただくことにした。
これは本当に良い判断だったと思う。

「片付け隊」の「きく隊長」の片付け塾に入塾した。
私は「片付け隊」の「めぐみ隊員」である(笑)
お片づけの前日になると、「めぐみ隊員、明日は第○回の片付け塾です。きく隊長」というメールをいただく。
私は集団行動が苦手なのに、科学特捜隊とかウルトラ警備隊に入りたいと思っていたクチなので(年バレ^^;)、「隊員」っていう呼びかけがなんだかウレシイ^-^
(ちなみに愛用しているエコ洗剤の会社から「地球洗い隊」の「隊員」と呼ばれるのも割とウレシイ。)

8月末、9月半ば、そして本日で3回目、定休日を月1回使って「隊長」に来ていただき、お片づけをしている。
ここに少し書いたように、まずは押し入れを2回にわたって片付け、今日は自分の寝室のど真ん中に陣取っている段ボール箱の中のカオスに取りかかった。
これは、「大事なことなのであとできちんとやろう」と言って放り込んだまま3年くらいは経ってしまっている案件ばかりの「恐怖の未処理箱(汗)」だ。
ま、未処理でも大した問題にはなっていないので大したモノではないとも言えるのだが、それが段ボール一つではすまなくなって今や三つ四つと増殖していっていること自体が恐怖であり、私の罪悪感や焦りの根っこに近い部分でもあるように思う。
時々は少しだけ片付いたりしていた時期もあったのだが、手の着けようがなくなったのは震災後。。
そしてこれは鬱の特徴でもあるらしいのだが、周囲に色々なものが床置きされ、自分のデスクに行き着くのに物を跨がずには無理になってしまって2年近くになっていた。

でも隊長がそばで見守ってくださるだけで、1年半以上ぶりに床が見えて、物を跨がずにデスクに辿り着けるようになった!!!
そして、罪悪感や恐怖の対象だったカオス箱もきちんと見て選別すれば大したこともなく、探していたものや、今だからこそこれ読みたい!というものを見つけたりもする。

また、そもそもカオスじゃない押し入れというものを知らなかったが(汗)3時間×2回でできた、何がどこにあるかが一目瞭然な押し入れ↓(収納ボックスが30年モノなので綺麗とはいえないが…)
押し入れ

まずは捨てるべきものを捨てるのは基本なのだが、判断は自分でする。困ったときは隊長が静かに(大抵のものは)「全捨てですね」と断言してくださる。または「それは1年分だけファイルで新しいのが来たら捨てます」などとアドバイスをくださる。捨てることを決して強要はされない。
そして私が捨てる捨てないの選別に血まなこになっている間、全体を見渡して「どこに何をどのようにしまうか」をきちんと決めて、そのとおりに収納してくださるのだ。それは本当に見事!
多分隊長からみたら「捨てろよ〜!」と思われているに違いないものでも、見事にきちんと納めてくださる。
自分だけでやろうとしたら、ただ拡げて途方に暮れてそのまま死にたくなるに違いなさそうなことを、時間内できちんと仕上げてくださるのだ。それはものすごい安心感。。

でもこの2ヶ月間、隊長がいない時でもどんどん捨てるものを選別して少しでもお片づけを進めようとしたのだが、何故かできなくて、それが罪悪感を増すことになっていた。
さぁやるか、と思うとど〜んと鬱っぽくなる。。
今日は半日空いてるし、やるぞ!と思うと当日予約をいただく(有り難いことなのですが…)。。
今しかない!と動きだすと、いきなりものすごい眠気が襲ってきて挫折。。
再び、今だ!と思うと、ややこしいアクシデントが勃発してそれどころじゃなくなる。。

こんなことの繰り返しだった(泣)
いってみれば自分の中の「片付けたくない星人」が抵抗しているせいなのだけど、そのパワフルさには驚く。
きく隊長によると隊員にはよくあることだそうで、片付け塾の当日に具合が悪くなってしまうとか、電話などでやむをえず中断せざるをえない、など片付けさせないエネルギーがはたらく場合もあるそうだ。
私の場合は隊長が見守ってくだされば安心して頑張れるのだけど、一番しんどかった先週、隊長自身がご家庭のご都合でいらっしゃれなくなることがあった。
過去のエネルギー、つまり全てはインナーチャイルドなのでクリーニングはしていたが本当に参って、何十回凹んだかわからない。
でも私は既に「今」に生きることを選んでいるし、今のエネルギーが一番強いことだけは確信している。
初回と2回目は3時間の片付け塾をこなすだけでぐったりしてしまっていたが(何せ暑くて夏バテもしていた)、今日はそのあと勢いで衣替えまでできた!
凹みながらも少しずつ進歩しているから大丈夫だ、という手応えがようやく得られるようになってきた。

お見苦しくてスミマセンが今日の成果の一部↓ 段ボールはできるかぎり撤去。
ゴミ


そういうわけで、クライアント様が見える部分は当分(っていうか最後までかも?…汗)変化ナシですがご了承くださいませ。

追記

2012.08.27 01:46|不動産取得
★今年12月竣工の「(仮称)奥澤コーポラティブハウス」は、あと数戸空きがあります。改札の真ん前、便利です。奥沢は暮らしやすい街です。
お問い合わせ:NPO都市とまちづくり研究会(としまち研)さんへ


★私が2009年〜2010年にかけてお世話になった地元の不動産屋さん:トモハウスさん
お世話ばかりかけて結局一件も契約できなかった私なのに、今も親切にしてくださいます。この件のご報告に伺ったら喜んでくださいました。奥沢の物件のご相談には是非。

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プロフィール

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Author:pieria
光の鍼 治療室Pieria<ピエリア>主宰(世田谷区奥沢)
http://www.pieria-net.com/pieria/Welcome_to_Pieria.html
メインブログはこちら↓
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