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早くも3ヶ月

2013.03.23 22:43|コーポラティブハウス
早いもので、既に引っ越し後3ヶ月が過ぎた。
遅れていた工事も殆ど終わり、共用部も整ってきた。私自身は基本的にはとても快適に暮らしているが、驚いたことにまだ入居できない人もいらっしゃるのだ。そのストレスは相当だと思う。

施工会社からは何の説明もないが、竣工および工期の遅れは、内装をする職人さんが東日本大震災の復興のために東北に駆り出されていて人手不足なのが大きな原因だと思う。このマンションに限らず、いろいろなところでそのような話を聞く。
施工会社は、今いい職人さんを抱えておく力があるかどうかが鍵なのだろう。基礎工事や鉄骨状態では問題がなくとも、人が住む家にするには内装工事がちゃんとできないと話にならない。
マンションは下から作っていくので、私のような下層階はまだましだったのだと思うが、上層階は2〜3ヶ月単位で工期が遅れた。内装が全然駄目で、やりなおしの連続だったりしたそうだ。

実は私の家も、それほど大問題ではないものの沢山手直し箇所があった。あまりに杜撰な仕事をする職人さんには、「それでもプロなんですか!?」と言いたくなることさえあったが、疲れと面倒さで妥協したところもある。
目立たない部分なのでいいかと思ったのだが、とても後味が悪い。これだけ頑張って作った家なのだから、変に妥協なんてしてはいけなかったと後で反省した。

来週末が入居記念パーティーなのだが、施工会社は欠席である。多くの人と組織の協力で出来たコーポラティブハウス、みんなで笑顔で感謝とともに打ち上げたかったのに残念だ。
むしろ重役レベルの人が出席してきちんと経緯を説明していただければ、皆納得するのではないだろうか。
今年最初の臨時総会では、としまち研さんとコーディネータのF公社さんが組合員に謝罪したのだが、施工会社は担当者レベルの漠然とした答弁で、残念ながら誠意が伝わらなかった。
全ての荷造りを終えて転居手続きをしながら引っ越し前日にキャンセルとなり、そのまま2ヶ月延期になってしまった、などという方の気持ちを思うと…複雑だ。
私のように入居までが茨の道だった人もいれば、竣工後に大変な経験をした方もいらっしゃるわけで、このコーポラティブハウスはクリーニングの余地が今後も沢山ありそう。頑張らなければ。

引っ越し後実質2日間で施術室を立ち上げ、仮オープンして12/29に無事に年内クローズしたのだが、気になっていたのに忙しすぎてできなかったことを、12/30にしてみた。線量測定である。
線量計

浄化ワークをしているからかもしれないが、室内どの場所も大体この数値に落ち着いた時は、本当に本当にほっとした。(この機種は高めに出ると言われているのだが、大体いつもこのくらい。)
どこまでも疑い深い私は、としまち研やF公社は大丈夫だと保証したにもかかわらず、もしも何かの影響で被曝マンションだったらどうしよう!?と、不安が拭えなかったのだ。
水性のエコペンキにオーラソーマの「エナジャイズドペイントアディティブ」をスペースごとに4種、贅沢に使ったスペースは、お蔭さまでとても居心地が良い。

3月になって黄砂とともにPM2.5などの汚染物質が花粉に混じって飛ぶようになっても平均はこのくらい↓。0.06〜0.12mcSV/hくらいにおさまっている。
(福島の放射能よりも中国大陸からのほうが実はひどいらしい。中国大陸では公開されていない核実験も行われており、放射能入りの複合汚染が広がっているのである。)
線量計2

この土地は都内でも標高が高いせいもあるだろう。当室にいらっしゃる方はとりあえずご安心いただきたい。
微力ながらクリーニングと浄化(福島→日本→アジア→地球全体レベルまで)を続けていきたいと思っている。


2012年12月21日、その日のこと。その2

2013.02.27 15:55|お引っ越し
その後は速かった! あっけにとられるくらいに。。
10年以上いくら頑張っても片付けられず、最後の最後までちゃんと荷造りさえできなかったトホホな私の部屋が、たった1時間ちょっとで完全カラッポになってしまったのだ!!!
私の最も大きな恐れは「この家を出られないんじゃないか…?」という根拠のない不安だったと気づき、それが引っ越しマイスターサ○イのおにいさん達の手際の良さと力技であっさりクリアされ、本当に本当にホッとしたのだった。。感動だった♪

掃除も大体済ませて数百メートル先の新居に移動したが、エレベータが1台しかないので2時間近く待機となり、母と二人で遅い昼食を取る時間もあった。
そして16:00頃から搬入開始。小さいスペースがダンボールの山でどんどん埋まって身動きが大変なほど。。開梱と新たなお片付けの大変さは覚悟したが、物理的なものごとには必ず終わりがあることを身を以て知りつつあった。

この日2012.12.21の20:11:37(日本時間)に、オーラソーマファミリーから瞑想の招待があった。象徴的なホロスコープも示されこの時こそがマヤ暦のサイクルの終わりと知った。
でも私は、ふんっ瞑想だぁっ!?それどころじゃないわっ!的にダンボールと格闘中。多分この日だけでも10個以上開梱した。そんな妙なハイテンションが年が明けて片付けが一段落するまで続いたのだった。
私は惑星の影響をかなり先取りして感じるタイプだが、物理的な移動が最後の一押しとなり、自分自身は既に次元上昇というか、少なくとも完全にフェーズが変わってしまっていたと思う。

21:00過ぎに母と食事をして見送った。高齢病身の母だが、猫の手ならぬ「ライオンの手」以上の働きをしてくれて本当に感謝だった。そして駅前の「バーミヤン」の普通のメニューがこんなに美味しく感じられたことはなかった^^;
母は4年前からの私の挫折の連続を思うと、今回のことが胸に迫ったらしく何度も感涙にむせんでいたが、帰る途中の電車内では妙に寂しくなったそうだ。ずっと賃貸住まいの私がいつかは実家に帰ってくるとどこかで期待しており、その可能性がなくなったことに対して。(私自身は四半世紀前に家を出てからそんな考えはただの1秒も持たなかったが、親とはそんなものなのだろう。)

その後、旧居に置いたままの掃除道具を引きあげに行った。
既に懐かしいナンバーキーを押して一歩室内に入った時…私はこの家の本当の「音」を知った。
シン…という「無音の音」がそこにあった。
こんなに静かな家だったのか…!私は一体今までここで何を聴いて、何を感じてきたのだろう!?

家はびっくりしてあんぐりと口をあけた表情で私を見つめていた。ショックを受けてとても悲しんでいるのがわかった。つい数時間前までのあの飽和状態が一気にガラ〜ンとしてこんなに広かったのかと驚き、これまで私が感じてきた「狭い!」「苦しい!」感じとは、私の前半生の所有物、それも今はもう不要なモノたちの饒舌すぎるつぶやきを聴いていたからだと理解した。

反射的に涙が流れてきて、ごめんね、許してね、愛してる、ありがとうとつぶやき、特に「ありがとう」を何十回も繰り返した。脱サラし鍼灸学校を卒業したが自分が何者かわからなかった頃から、今の私の基盤を育んでくれた家だ。
私に「行って欲しくなかった…」という家の気持ちも感じたが、全ての部屋に感謝を伝えながら、全ての窓をあけて新しい時代の夜気を入れると、家は少しずつ本来の落ち着きを取り戻していった。とても落ち着いた家だったのだと気づく。
生前のおばあちゃま大家さんが、ここに住んだ人はみんな出世してるわよ、などとおっしゃっていたことを懐かしく思い出す。おばあちゃまも見守ってくれたのだろうか。。

そして残りのゴミを捨てて荷物をまとめる頃には、家は新しい入居者を待つ賃貸マンションの一室の顔に戻っていた。私は見えない握手をして敬意と別れを告げた。きっと今頃はフルリフォームされているだろう。
着たきりのペンキ汚れのジーンズで、掃除機とゴミ箱とバケツを持って深夜の奥沢を歩く私は相当異様だったが、とても満たされていた。

以上、これが超わかりやすい私のアセンションデーだった^^;


最終的にはこの日7世帯ほど入居したようで、最後のお宅は深夜までかかった様子。
ホ・オポノポノとしては工事の遅れも全てが私の責任だけど、コーポラティブハウスということもあり集合意識が多分に影響していると感じている。私自身はローン決定が最後だったのに、希望通りそれも期せずして初日入居となったわけで、多分最初にエントリーしてエネルギーを整える役割があるのかもしれないと感じた。
その後はお片づけとクリーニングの日々である。12/25のクリスマスから仮オープンして12/29まで施術をし、年初は1/6から正式オープンして今に至る。お片づけワークは大変だったが、本当に興味深い日々だった。

そして同じ街に住んでいながらエネルギーが全然違っている。自分もそうなのだが、街全体も違う。
次元上昇とはこういうことなのかと感じていたが、年末年始をはさんで平均睡眠時間2時間とかいう日々が続いても不思議に元気だった理由を、宇宙の暦を解いてわかった。
先日開催したMarmaria先生のワークショップで、マヤ暦の次元が閉じるための7ヶ月の最初の「白い魔法使い」の月に私は城南信金の住宅ローンを申し込み、私のガイドである「黄色い戦士」の月にローンが決裁され、そしてアセンション前後の「時間を外した月」の中心点である12/21に引っ越しを遂げたとわかった。

そうだったのか…。
「時間を外した月」は1/9までで、全てから解き放たれた軽やかさの中にいたのでテンション高かったのだな…。
轍の無い道を歩く不安とワクワクがないまぜのまま歩いてきたが、全ては導かれていた、という実感があって感動だった。

その後は新しい創造のための神秘の月が7ヶ月続く。過去の復習的な意味合いもあって学びもあろう。3/6までは「真の豊かさ」を夢見る直観の月だ。税金や確定申告に頭が痛いときだが、懐具合とは関係なく、本当の「豊かさ」に意識を向けていたい。

1月のあの大雪が降った連休の初日、家族を奥沢に呼んで部屋をお披露目し、ランチ会をした。
悲喜こもごもいろいろあったものだ。弟夫婦と、親子ローンが駄目になった後脳溢血で倒れた父も、杖をついて頑張って茅ヶ崎から来てくれた。美味しいフレンチを楽しく味わえた。
結局家族に負担をかけずにほぼ自力、というよい形で移転できたことが本当に嬉しく、この写真がこの足掛け5年(年が明けたので!)の大仕事の締めに相応しいと思ったので、家族写真初公開(→サムネイルに変更、後列白い服が私。)

家族会


<ご参考>
ちょっとした別記事はこちら(サブブログ)「時間を外した月」を抜ける直前に書いたもの。

2/2のワークショップに関してのこと(メインブログ)→その1 →その2(報告記事)



2012年12月21日、その日のこと。その1

2013.02.27 13:46|お引っ越し
忘れないうちに書いておかなければと思った。
2012年12月21日、巷では現世界が終わり次元上昇する日として、あることないこと言われていたその日である。
「何も起こらなかったじゃないか!」という声もあるかと思うけど、次元上昇は確実に起こっている。
各々が、それぞれの次元で体験しているはずなのである。かなりわかりやすい一例が私だ。
どこまでもハラハラドキドキ好きでお騒がせな自分を、どうしてもクリーニングしきれない件でもある…(汗)

夏にローン決定し、引っ越しを目標にお片づけに苦労しながら秋が深まりつつあったが、私は、ホントに大丈夫なんだろうか?城南信金さんは「え、やっぱりあれ嘘ですから〜」なんて言わないだろうか??なんだかこのままスンナリいくのは甘すぎる〜!?と、いつもの苦味好きの余計な疑惑がフツフツと沸いていた…(←オイ;)
それは私自身のお片づけ不能とかの、個人レベルなことだと思っていたのだが…
11月末にとしまち研さんから「引き渡し日延期のお知らせ」が届く。

な、なんとここへきて延期っ!?
竣工が近づくにつれ工事が相当遅れていることはわかっていたけれども、11/17の最終総会でも建設会社の担当からは何の話もなかったので、予定通りの引っ越しと年末年始の業務日程を立てて既に告知していた。
気学の先生にも観ていただいて私にとって最も良い引っ越し日取りを決め、引っ越し業者にお願いした。
それがウワサの12/21金冬至だったのである。

建設会社は総会で組合員をパニックさせたくなかったのか、はたまた叩かれるのが嫌だったのか。。
としまち研さんが選んだK建設が特に悪い会社だとは思わない。やはりこれだけ大規模なコーポラティブハウス、つまり超ワガママな自由設計の住戸を一斉に建てて一斉入居させるのは相当大変な仕事だろう。震災の影響で職人さんが東北に駆り出されているので人手不足だという話も漏れ聞いていたが、あまりにも判断が遅すぎる!と思った。

私は金融関係や新旧の土地と建物、としまち研やF公社(コーディネート会社)、建設組合の人たちや自分自身のお片づけについてのクリーニングは続けていたが、「K建設」自体をさほどクリーニングしていなかったことに気づいたが遅かった…。
そして延期になった引き渡し日こそが、私の引っ越し予定と同じ12/21だったのだ!

問題が生じた。前日の12/20木に床のワックスがけをすることに早くから決めていたのである。あるクライアントさんのご希望もあり、手伝っていただくことにしていたその方と私のお休みが木曜だった。
ワックスがけは引き渡し日の12/21にして、引っ越しは1日延ばして12/22にして欲しいとも言われたのだが、クライアントさんがそれでは無理だし、私自身は一日延びると実質1日だけで仮オープンに向けて施術室を立ち上げなければならず、絶対無理!と判断。
だから譲らずに当初の予定通りでやりたい旨を貫き、引き渡し前日の12/20に入室できるようにしていただけたのはほっとした。(このワックスがけは本当に楽しく、自分でやって良かったと思った。)

何度内覧を行っても不具合や未済の箇所が残っていて入居後対応ということになったり、使っていたオーラソーマ棚は早いうちに現場に持ち込んで職人さんに塗装していただく予定だったが、結局そんな余裕はどこにもなく、自分で塗装して持ちこむことになり、更にそのペンキを渡されたのが移転直前の混乱した現場だったり。。
私は12/19まで旧居で仕事をしていたこともあり、結局その夜に大切な棚(元は檜の無垢材)にド素人がペンキ塗りをし(それなりに楽しくはあったが、もぅヒドイ仕上げである!涙;;)、翌日(つまり引っ越し前日)12/20の昼間は信金さんとのローン実行打ち合わせと、棚の搬入とワックスがけで終わる。
つまり荷造りが一番後回しとなり・・・カンテツした12/21当日の朝の時点で7割くらいしか出来ていなかった(汗)。とことんハラハラドキドキである。

そして何より一生忘れられない大スペクタクルは、はからずも引き渡しとローン実行と引っ越しが同日となったことである。
当日朝9:00、完徹しても荷造りが終わらずパニック&ぼーっとした頭のまま、現場の集会室に引き渡し手続きに行く。(玄関アプローチから何から、もしかしてついさっきコンクリート打ったんじゃないか?と思われるほどの突貫具合だった…汗)
本来はローンが実行されてコーディネート会社の領収書があってはじめて引き渡されるのだが、信金さんによれば9:00に実行されて領収書を受け取れるのが早くとも10:00だと言われ、発行され次第提出でOKだという了解は得た。
鍵をもらって入室してみる。初めて入室した時の写真がこれ。
玄関ドア

2012.12.21朝1

2012.12.21朝2

朝の光がまぶしく感動的ではあったが、荷造りのためすぐに戻らなきゃ!と焦っているので感動に浸る余裕はナシ。。

戻ると、信金の担当者さんが慌てて駆け込んでいらっしゃる! 前日に打ち合わせて必要書類は全て提出してあったはずなのに、
「スミマセン!書類1枚忘れていました!」
その書類に記入捺印し、「すみませんでした〜、これで大丈夫です。」な筈だったのに、更に数十分後、
「スミマセンっ!!もう1枚お願いします!」と再度慌てて駆け込んでいらっしゃる。
団体信用保険をローン審査申し込み時の6/21に申し込んでいるのだが、これの有効期限が申し込みから6ヶ月で、つまり前日の12/20で切れていることに気づいたのだそう。あぶない〜。
夏至に申し込んで冬至に実行(ちなみに決裁は終戦記念日)という、かっきり6ヶ月というのは何かの符号だろうか…? 団体信用保険の申込書(これは結構面倒なのだ…;;)を、新たに1から書いて実印を押す。
(ちなみに総選挙直後で自民政権となり最悪金利が上がる可能性もあったそうで、そうなると相当混乱するところだった。助かった。。)
信金さんは旧居の筋向かいなので、行き来が楽なのが幸いだった。そしてまた数十分後、結局11時前頃に
「大変お待たせいたしました〜。領収書が出ました。」
と連絡があり、今度は私が出向く。引き渡し日なため、登記事務所が混乱していて相当ややこしいやりとりがあったようだが私が聞いてもどうせわからないし、担当者さんは一手に引き受けて見るからにヘトヘトだけど、一生懸命やってくださっている。本当にありがとうございます、城南信金奥沢支店のMさん!

私は再度現場の担当者に領収書を提出しにいき、また旧居に戻って荷造りを続け、約2時間の間にそういうやりとりと移動がバタバタと続いたが既に12:00近く、引っ越し屋さんは12:30到着予定だった。
本棚の本と、施術室の物入れが殆ど手つかずだった。。
実は義妹が手伝いに来てくれることになっていたのだが都合が悪くなり、代わりに急遽母が茅ヶ崎からやってきたのがこの頃。
え〜ぃもうどうにでもなれっ!という感じでサ○イ引っ越しセンターのおにいさんたちを迎える。

私「ごめんなさいm(_ _)m 本が殆ど手をつけられませんでした;-; ダンボールが足りなくて紐で縛ってますがいいですか?」
サ○イ「わかりました〜!やはりダンボールに入れて欲しいので追加持ってきますね。」
と、明るく言ってくださったので救われた〜;-;

そして遂に遂に、引っ越し作業がスタートしたのである!!
ここに行きつくまでが、、長かったのだ〜〜。(その2へつづく


<追記、ってか反省>
ローン決定に関してあんなに大変な思いをしたのに、まだ味わいたいのか苦味をっ!…バカすぎでした。
あと、混乱しがちなウィークポイントが出てました。
クリーニングしつつ、甘さを味わってもヨシ!と、もっともっと自分を許すことにします。(2013/2/28)

引っ越し前後のお片づけ

2013.02.25 23:24|お片づけ
片付け塾」の「きく隊長」は、立ち居振る舞いが本当に静かな方である。
全ての動作がほとんど音をたてずになされるのに、すごい仕事量をこなしていらっしゃる。
押し入れの中に何年も備え付けてあったカラーボックスを、引っ張り出して中身を選別して最後にはカラーボックス自体を分解するとか、本棚の本を全部出して、私に選別させてそれをまた仕舞うなどというかなりダイナミックで凄い作業量を3時間の間にこなすのだが、本当に淡々と静かなのだ。
粗忽者の私なら大騒ぎで、いろんなところにバタンとぶつかったりガチャーン!と何か落としたり、確実に見苦しいことになる(汗)

衣類のたたみ方を教わった。これはマジで子どものときに知りたかった~!と思った。
ショーツのたたみ方など母にも教わった記憶がない。だから私の下着類は引き出しのこのへんがショーツでこのへんがブラで、っていう感じで「投入」されはするが、すぐに混然としてしまっていた。
また、冷えとり健康法をしている人はわかると思うが、私の所有する靴下の数は半端じゃない(汗)
過去に押し入れ用の引き出しケース一段をほぼ全て占めていた靴下類は、洗った後一応一枚目、二枚目、三枚目…と分けて入れるのだけどそれは一瞬の錯覚に過ぎず、すぐにカオス状態…>_<

それが今回靴下を初めとした衣類全般ののたたみ方を教わって半年近く、引っ越しを経てもとりあえず選別が保たれている!これは画期的なのである。(↓まだまだ残念;;だけど、自分としては画期的^^;)
今のタンス

でも…隊長がたたんだモノと私がたたんだモノは、明らかに違うのだ。
洗ったばかりの時は全く同じモノだったはずが、隊長がたたんだほうはとても落ち着いて、満ち足りて、自分のあり方を喜んでいるように見える。
それに対して、私がたたんだモノは見るからに残念(/ _ ; )…なのである。それは店員さんの「おたたみ」がきちんとできていない残念なお店の商品と同じだった。

聞けば隊長は、果たして
「私はモノが一番喜ぶ状態にしてあげるのです」
とおっしゃった。
洋服でも下着でも靴下でも、隊長はそれらをきちんと床に置いて正座してたたむ。そしてそれらがどこで折って欲しがっているのかを手を通じて感じていらっしゃる。それは単なるおたたみという行為を超えて衣類と静かにコミュニケートしていらっしゃり、淡々とたたみ続けるその姿には、ある種瞑想者のような質を感じる。

「そうすれば長持ちしますし、次に着るときに気持ちよく着ることができます。」
確かに。。
料理以外の家事は大嫌いな私は、洗濯物を取り込んでたたむなどという行為は、ほぼ毎日しなくてはならないことなのに、そんなことに人生の時間を割くのが無駄だとさえ思っていた人間である。
意識を向けたくもないので、バババーーッとすごい勢いで物干しから外して、そのまま引き出しに放り込んでバタンと締める。早さが命、っていうかその荒っぽさは何かに仕返しをしているような気分になることもしばしばだった。
私は幼いころから相当ぼ〜っとした不器用な子どもで、何をするにも時間がかかったので、親に何かを命じられるとその最後に必ず「早く!」がついた。イライラする親に「早く!」「まだなのか!?」と何度も言われ、常に責められている感じがして苦しかった。その記憶に仕返しをしているのだろうか?
更に今は冷えとりの靴下たち+業務用の洗濯物など量が半端じゃないので、それに意識を向けていたら本業が洗濯のような気さえしてきて、それはかなりうんざりすることだった。。

私「なるほど…。たたむことから始まるのですね。」
隊長「いえ、干すところからですね。」

…う、、確かにっ(汗;)私は干すのも早さだけしか考えていなかった。嫌な仕事なのでともかく早く終わらせて、要は乾けばいいと思っていた。
でも毎日着るものをそのようにぞんざいに扱っていると、次にまたそれを着るときに干された時の癖がそのままついているし、それは服にとっても着る人にとっても良くないということはわかる。

私「干すときはまずどうするのですか?」
隊長「まずはきちんと持って、ちょっと振ってあげて繊維のねじれを解放します。そうすると、どう干してほしいかもわかるんですよ。」

業務用バスタオルはバサバサと10回くらい振るとタオルの繊維が立ち、乾いたときにきちんと空気を含んでふっくらすることをここ数年で知ったが、なるほどともかく振れば良かったのか…。でも私はその振り方も荒っぽいし、いまだに急いでムリクリに洗濯バサミではさみまくって変な形に乾いている服や靴下も多い。
でもとにかくたたむ時だけは、そんなモノたちにごめんね、許してね、愛してる、ありがとう、などとクリーニングしながらたたんであげるようになった。
そうすると確かに次に着るときに選びやすいし、多分長持ちするし、何より衣類たちが喜んでいるし、そして本当に捨てるタイミングもわかるのだと思う。

隊長のご指導は大体こんまりさんの考え方に近いと感じたのだが、その静けさの質が素晴らしかった。そういう方がただいらっしゃるだけでハートの識別力が増す。そして見守られている安心感で普段できないことも出来てしまう。
引っ越し翌日を含めて、計5回指導していただき、なんとか引っ越しが出来た私である。

45平米に溢れていたモノたちが、39平米にいったいどんなふうに収まるのか、ずっとずっと本当に不安だった。
これらを片付けて荷造りして引っ越しなど、私にできるのだろうか? 無理な気がする…と(泣)
そして実際作業にかかると具合が悪くなったり、私の中の過去星人(=片付けたくない星人とも言う)との戦いも壮絶だった。ものすごく苦しかったが、隊長のサポートあってこそなんとか勝利できた。
粗大ゴミは20個以上出し、本は300冊以上は処分した。「差し上げます」シリーズのブログ記事で告知した使えそうな家具や家電は、ご縁のある方の手元にリサイクルされた。
そして、とにかく捨てた捨てた捨てたぁ〜〜っ!!
壊れていないから等の理由でなんとなく家にあったものを、今後行きて行く自分にマッチしないと感じたものは、クリーニングしながら捨て続けた。感覚的には1トンくらい捨てたかもしれない(笑)
本の整理


それでも引っ越し当日の朝、いろいろと手間取って7割程度しか荷造りが終わらず泣きそうだった。ダンボールも全然足りない。
でも、最後はサ○イ引っ越しセンターの引っ越しマイスター(=おにいさん)達の大活躍でとどめを刺した。
何せ10年以上かけて動かせなかったモノたちを、わずか1時間ちょっとでザクザク運び出してくださったのだ!スゴかった〜〜!!
本を詰めた激重ダンボールを2個(!)かさねてひょいと持ち上げて小走りで運び出す、プロの技と力に度肝を抜かれ、同時に感謝感激だった。

結局トータルでダンボール70個近くはあっただろうか、2012年12月21日の夕刻、新居に運びこまれたそれらの開梱という格闘がはじまったが、ともかく移行してしまえばこっちのもの!という感覚もあり、思ったより軽やかに進んだ。
そして実質2日間で施術室を立ち上げて、予定通りプレオープンすることができたのである。
施術室

プライベートスペースは年明け後もしばらくはカオス状態で、ダンボールの間にヨガマットを敷いて寝るような生活だったが不思議に元気だった。
サカイのダンボール

お風呂セットが最初の数日出てこなくて、石鹸で髪を洗ったりしても幸福感さえあった^^;

実は引っ越し後のほうがモノを捨てること、いわゆる断捨離が進むようになったのだ。こちらに来てから本は更に100冊以上処分したし、うまい具合に寄付先がみつかったり、手放しがスムーズになってくる。
新しいスペースに入るということはハートの刷新。本当の識別ができるようになるのだと感じた。
2013年の2月に入るとかなり落ち着き、更に第二段階のお片づけ要素も見えるようになってきた次第。成長しつづけている。(っていうかどんどんコンパクトになってきてるのだけど^^;)

隊長と一緒にお茶をいただいている時、召し上がったお茶菓子の包み紙の捨て方さえ美しかったことが印象深い。
きっちりと小さくたたんで、ゴミとしての嵩を最小限にして捨てていらっしゃるのだ。その振る舞いの美しさを、これから更に学びたい。今後もまたご指導を仰ぎたいと思う。


(ローン実行と引っ越しそのものについては、別記事にまとめ中。)

「片付け隊長」が来てくれた!

2012.10.25 23:26|お片づけ
久しぶりに、こちらを書こうと思う。

この不動産ワーク、夏までは正確に言えばほぼ全てが「お金ワーク」だった。
本当のスペースワークは、その後ようやくスタートしたのだ。

新しいスペースは、今よりコンパクト。
だから私はより身軽になって引っ越しをする必要がある。

普通はこの年代になると、有形無形の沢山の「財産」を持つものだろう。
現金預貯金や不動産、家財道具、服飾品、趣味の道具、仕事に関わる書籍や道具、そして子どもや配偶者、友人、そして記憶と思い出。。
全ては大切なものだけれど、有形でも無形でも財産を管理するのはエネルギーを使うのだ。
そして私のように配偶者も子どももなく、大した家財道具や財力を持っていなくても、生きてきた年月の分のエネルギーを本当に「重く」感じる。「豊か」とも言えるものなのかもしれないのだが、そういう感覚はあまりない。
特に私は、物とのつながりが強い牡牛座生まれ。恐ろしく物持ちが良く、自慢じゃないが20〜30年モノの家電が壊れずに沢山あるし、中高生のころから使っているグッズも多い。(つい最近、高校生の時から使っていたくるくるドライヤーが壊れてようやく手放せた!)
本当に自分のハートのスペースに容れておいていいものかどうか、それはこんまりさんのお片づけ本でいう「ときめく」ものなのか否かなのだが、本当に見極めなければただモノのエネルギーに振り回されて消耗してしまう。

更に社会生活をしていると、全くときめかない、っていうか正直うんざりするけどきちんと管理しなければならない書類やモノが沢山ある。財務関係、契約書、保険、年金、属している様々な会の書類等々…。
そういうことをきちんと管理しながら、自分のハートのときめきをメンテナンスし続けることは、実は私にとって最も難しいワークである。
仕事をして、お子さんを育てながら、夫婦関係や親子関係もきちんとケアした上で、自分のハートを養っているような文字通りスーパーマン&ウーマンな人も周囲にいらっしゃり、そんな人のお部屋が綺麗だったりすると、私はもうひれ伏したいほど尊敬してしまう。

つまり私は「この世できちんと生活していくこと」、時間と空間に制限がない宇宙空間ではなく、1日24時間で夜と昼があって食べて寝て暦がある地球の一角のスペースで生きて行くこと自体がチャレンジなのだ。
だから、広いところに越したい!と思って始めたはずのスペースワークではあったけど、実際には小さい空間に移ることになり、それは違うのではないか!?と何度も何度も検証した。
でも、それこそハートはものすごくときめいていた、っていうかドキドキしすぎて既にヘトヘトなほどで(汗)、逆に、人生半分を過ぎた今くらいの時期に、いったん大掛かりな身辺整理をして生活をコンパクトにすることは、チャンスなのだと捉えることにした。

つまりフレッシュで小柄な彼(部屋)と再婚するために、古馴染みの今の包容力のある彼(部屋)と円満離婚する!というチャレンジングな決断なので、そのためにも今の彼(部屋)に深く感謝し、少しでも素敵で快適なスペースで残りの数ヶ月を一緒に過ごそう!と意図したのが8月末。
この回に少しだけ書いたけど、プロの先生に来ていただくことにした。
これは本当に良い判断だったと思う。

「片付け隊」の「きく隊長」の片付け塾に入塾した。
私は「片付け隊」の「めぐみ隊員」である(笑)
お片づけの前日になると、「めぐみ隊員、明日は第○回の片付け塾です。きく隊長」というメールをいただく。
私は集団行動が苦手なのに、科学特捜隊とかウルトラ警備隊に入りたいと思っていたクチなので(年バレ^^;)、「隊員」っていう呼びかけがなんだかウレシイ^-^
(ちなみに愛用しているエコ洗剤の会社から「地球洗い隊」の「隊員」と呼ばれるのも割とウレシイ。)

8月末、9月半ば、そして本日で3回目、定休日を月1回使って「隊長」に来ていただき、お片づけをしている。
ここに少し書いたように、まずは押し入れを2回にわたって片付け、今日は自分の寝室のど真ん中に陣取っている段ボール箱の中のカオスに取りかかった。
これは、「大事なことなのであとできちんとやろう」と言って放り込んだまま3年くらいは経ってしまっている案件ばかりの「恐怖の未処理箱(汗)」だ。
ま、未処理でも大した問題にはなっていないので大したモノではないとも言えるのだが、それが段ボール一つではすまなくなって今や三つ四つと増殖していっていること自体が恐怖であり、私の罪悪感や焦りの根っこに近い部分でもあるように思う。
時々は少しだけ片付いたりしていた時期もあったのだが、手の着けようがなくなったのは震災後。。
そしてこれは鬱の特徴でもあるらしいのだが、周囲に色々なものが床置きされ、自分のデスクに行き着くのに物を跨がずには無理になってしまって2年近くになっていた。

でも隊長がそばで見守ってくださるだけで、1年半以上ぶりに床が見えて、物を跨がずにデスクに辿り着けるようになった!!!
そして、罪悪感や恐怖の対象だったカオス箱もきちんと見て選別すれば大したこともなく、探していたものや、今だからこそこれ読みたい!というものを見つけたりもする。

また、そもそもカオスじゃない押し入れというものを知らなかったが(汗)3時間×2回でできた、何がどこにあるかが一目瞭然な押し入れ↓(収納ボックスが30年モノなので綺麗とはいえないが…)
押し入れ

まずは捨てるべきものを捨てるのは基本なのだが、判断は自分でする。困ったときは隊長が静かに(大抵のものは)「全捨てですね」と断言してくださる。または「それは1年分だけファイルで新しいのが来たら捨てます」などとアドバイスをくださる。捨てることを決して強要はされない。
そして私が捨てる捨てないの選別に血まなこになっている間、全体を見渡して「どこに何をどのようにしまうか」をきちんと決めて、そのとおりに収納してくださるのだ。それは本当に見事!
多分隊長からみたら「捨てろよ〜!」と思われているに違いないものでも、見事にきちんと納めてくださる。
自分だけでやろうとしたら、ただ拡げて途方に暮れてそのまま死にたくなるに違いなさそうなことを、時間内できちんと仕上げてくださるのだ。それはものすごい安心感。。

でもこの2ヶ月間、隊長がいない時でもどんどん捨てるものを選別して少しでもお片づけを進めようとしたのだが、何故かできなくて、それが罪悪感を増すことになっていた。
さぁやるか、と思うとど〜んと鬱っぽくなる。。
今日は半日空いてるし、やるぞ!と思うと当日予約をいただく(有り難いことなのですが…)。。
今しかない!と動きだすと、いきなりものすごい眠気が襲ってきて挫折。。
再び、今だ!と思うと、ややこしいアクシデントが勃発してそれどころじゃなくなる。。

こんなことの繰り返しだった(泣)
いってみれば自分の中の「片付けたくない星人」が抵抗しているせいなのだけど、そのパワフルさには驚く。
きく隊長によると隊員にはよくあることだそうで、片付け塾の当日に具合が悪くなってしまうとか、電話などでやむをえず中断せざるをえない、など片付けさせないエネルギーがはたらく場合もあるそうだ。
私の場合は隊長が見守ってくだされば安心して頑張れるのだけど、一番しんどかった先週、隊長自身がご家庭のご都合でいらっしゃれなくなることがあった。
過去のエネルギー、つまり全てはインナーチャイルドなのでクリーニングはしていたが本当に参って、何十回凹んだかわからない。
でも私は既に「今」に生きることを選んでいるし、今のエネルギーが一番強いことだけは確信している。
初回と2回目は3時間の片付け塾をこなすだけでぐったりしてしまっていたが(何せ暑くて夏バテもしていた)、今日はそのあと勢いで衣替えまでできた!
凹みながらも少しずつ進歩しているから大丈夫だ、という手応えがようやく得られるようになってきた。

お見苦しくてスミマセンが今日の成果の一部↓ 段ボールはできるかぎり撤去。
ゴミ


そういうわけで、クライアント様が見える部分は当分(っていうか最後までかも?…汗)変化ナシですがご了承くださいませ。

追記

2012.08.27 01:46|不動産取得
★今年12月竣工の「(仮称)奥澤コーポラティブハウス」は、あと数戸空きがあります。改札の真ん前、便利です。奥沢は暮らしやすい街です。
お問い合わせ:NPO都市とまちづくり研究会(としまち研)さんへ


★私が2009年〜2010年にかけてお世話になった地元の不動産屋さん:トモハウスさん
お世話ばかりかけて結局一件も契約できなかった私なのに、今も親切にしてくださいます。この件のご報告に伺ったら喜んでくださいました。奥沢の物件のご相談には是非。

決済までの「苦しみと苦しみの理解」

2012.08.18 19:46|不動産取得
前記事はアタマがぐちゃぐちゃなまま書いて冗漫だし、いろいろ盛り込み過ぎでわかりづらいので改めて整理することにした。
スペースワークのあくまでも一部、っていうか前段階である「不動産取得」のための奮闘を、丸3年かけてやってきたわけだけど、既にお分かりのように、これは不動産取得具体的ノウハウの記ではない。
人生のクリーニング(ホ・オポノポノ)のワークの一つであり、非常に苦しい体験でもあった。そこで「苦しみと苦しみの理解」(オーラソーマのクリアカラーの色言語)のために、私の迷いと悩みと苦しみを整理してみた。

なお、苦悩率はすごくざっくりした直観的なもの。
全部足すと500%で、3年前以前の自分のノーテンキ度を100とした場合に、5倍くらいは苦しんできたのかもしれないな、ということ。(え、その程度なの?っていうツッコミも…ま、そんなもの^^;)

1.最初は広い物件を探していたはず(少なくとも平米数を増やすためのアクションだった)なのに、結局は狭い区画になった。
苦悩率20%  
→それを自由設計と住み方でカバーするという第三の道にチャレンジすることに。これはこれからも迷うかもしれないが、楽しんでいけると思う。

2.弱小自営業者でも努力すれば住宅ローン可能?(家賃より安くなる)という、相当楽観的見切り発車を許してもらえたのだが、2年経って竣工が近づいても全然結論が出ない精神的な苦しさ。自分しか住めない完全自由設計なのに、本当に駄目だったらどう責任をとれば良いのか?
苦悩率300%…解決したのにあまりに長かった為、まだ緊張がとれない;-;…
→決済までのメインの苦しみはコレだった(涙) 矛盾の中を生活し、税金を沢山払い、滅多に人にも言えないことが非常にエネルギーを消耗し苦しかった。
やはり不動産はご縁のものなので、タイミング良く出逢ったときにサクっと買うのが一番自然だと思う。私のは特殊ケースすぎて、とても人にはおすすめできない。
でもお金や銀行、家族や家系やDNAレベルのクリーニングにより、親きょうだいもコネも全く関係のない、自分で選んだ地元で責任を果たす信用金庫さんに最終的に許容してもらえた喜びは、本当に大きい。

3.大震災後、原発事故による放射能汚染を考えると、東京に住むこと自体の是非を問う必要がでてきた。ふくいちからは放射能が放出され続け、今後も最悪のシナリオだってありえる。震災瓦礫の受け入れによる環境汚染や、コンクリートに使う砂利の安全性なども保証がない。首都直下型地震も想定されている。
苦悩率120% 震災直後はローンのことよりもこれが500%くらい跳ね上がった。
→チェルノブイリの事例を調べるほどに深刻になって、撤退して移住を真剣に考えた時期もある。
でも冷えとり健康法をしていれば放射線毒素は排毒できること、更にシータヒーリングのテクニックによるエネルギー的除染の手応えを得て、かなり気持ちが楽になった。
また建築会社が鉄骨や建材や砂利等の安全性には配慮していることを知り、物件は耐震等級2級なので、そこは信頼することにして、一つ一つ解決していった。
大気も海もつながっている地球上で、今後は放射能にはある程度対峙する覚悟をしなければならない時代、どこに住んでも誰もが生活には気をつけていく必要がある。
ま、ざっくり言えば、人間どこにいても何をしていても死ぬときは死ぬのだし、完全に安全な場所などない。

4.どんなに苦しくても「撤退します」と言えない苦しさ。(言おうとして言えない、強く慰留される、タイミングを逸する、など)
苦悩率40%→0へ。
→震災後に「考え直したほうがいい」とアドバイスされ、気学の先生にも「あまりおすすめできない」と言われ、ローンも決まらずあまりに苦しい時、「手放せば楽になる」という考えはいつもあり、それができないのは手放せない苦しさ、つまり「執着」(ブルーの色言語)なのだと思った。
でもむしろ自分の最も深いところでYESなのかNOなのかわからず、決断できない苦しさだと気づく。不安の背後にある大きな喜びと可能性を見る勇気を持てない、イエローやオリーブグリーンのネガティブさだ。
つまり私はこの件を手放すことなど決して望んでおらず、ただ深い恐れ故に「持つ」ことを決めかねていただけだった。その状態では取得できる可能性などたったの4%だったわけだ。
でもそのことに気づいて「本当に持つ」ことをハートが決めて自分に許したとき、奇跡が起こった。
「奇跡を期待してください」と2年前の夏にマリア様に言われたことは、こういうことだったのだ。

特に家族や近親者の一般的な心配は「本当にローンを返済できるのか」とか「東京の地価下落」などの様子だが、私自身はこれらは殆ど心配していない、っていうか興味がないのだ。
四半世紀の間、特に開業後10年の本当に苦しい時代でもただの一度も家賃を滞納したことがない私は、きちんと仕事をすればなんとかなる自分を信頼している。むしろ晩年まで家賃を払いきれるのかどうかの恐れのほうが強かったので、寿命と競争ながら期限付きのローンのほうが安心なほどだ。
そして資産価値を求めた投資ではないので、自分にとって価値のあるロケーションであれば良く、地価などどうでもいい。仕事をして責任を果たすための土地のエネルギーのほうが大切だ。

私の住む区画は、元の土地で「富士講塚」があった所。富士山信仰と、参拝ができない人の代参講の場でもあった。土地のエネルギーが良いと最初にあゆみ先生に言われたのは、そういうこともあるのかもしれない。
今は大天使が守っていると感じられる場。これからも土地のため、そして人々のインナーチャイルドのためにクリーニングを続けていこうと思っている。

そしてもう今後は「苦しむことなくワークできる」という新しい思考を持つことにした。
「苦しむほどに良い結果が得られる」的な、修行系の思考の型があったことがわかっているので(汗)
現実は100%自分で創り出すのだから、もっと楽しく軽やかに創りだしていきたい。
この項、具体的には竣工とローン実施の頃にまた補足を書くかもしれない。

2012年8月15日:私の中の終戦、奇跡とタイムシフト

2012.08.16 17:24|不動産取得
8/14〜8/16を夏休みにさせていただいたのだが、8/13に城南信金の担当者さんからお電話が。
「明日か明後日に多分良いお返事をさせていただけると思います。お休み中のようですがお電話していいですか?」
私「えっ、ホントですか!?」というわけで…休みなのに片時もスマホを手放せず、茅ヶ崎の実家にいたが近くの日帰り温泉で普段は1~2時間平気で半身浴するのだが、電話が気になって30分で出てしまう。
疑い深い私は「最後までわからないわ」と自分に言い聞かせる。もう、とことんハラハラドキドキ仕立てになっているらしい、このストーリー(自作…)。

8/14は結局連絡がなく、ジリジリしてる両親を残して東京に戻って翌8/15、お昼過ぎに出掛ける予定がなんだか疲れてしまい、手間取っていた13:00過ぎに待望の電話。
「大変お待たせして申し訳ございませんでした。住宅ローン無事決済されました。」
「ほ、ほんとですかぁ〜〜。ありがとうございますぅ〜(ふひ〜脱力;;)」と受話器を持って完全に頭を下げた私。
担当者さんは一体どれほどの努力をなさったのだろう。一切おっしゃらないのだが、この2ヶ月近い時間とハートの感覚が語っていた。
それにしても堅い経営で知られるあの城南信金さんが、こんな低所得自営高齢独身女によく決済したと思う(汗)

実はあゆみ先生が逗子ハーモニーをクローズする前にこの件で最後にご相談した時、私がこの物件を入手できる可能性は
たったの「4%」だったのである。
ちなみにスタート時(2010年)の相性は以前書いたとおり90%だった。あゆみ先生のエネルギーを読む力を信頼できるが故に、状況と意図によってどんどん変わる現実に対応するため、私はその後あえて尋ねないでいた。
あゆみ先生は「ゼロではないのね!」と驚いていらっしゃり、
私は「4%って…そりゃ冗談の域だわ(よく言えば奇跡^^;)。」と思った。

その時点で5月、いわばダメ率96%なわけだからここで撤退する? 早く楽になりたいとも思ったのだが、
「城南信金さんの審査を待つ=100%」だった。
つまり4%の可能性のすべてを城南信金さんが担っているわけで、そのたった4%に賭けることを100%薦められているということになり…やはり私のストーリー展開はバクチの神様がらみな気がする(汗)
城南信金さんは私が一番お取り引きをしたい金融機関だし、審査を待たずに「やめました」はさすがにナシだろう、と、最後の力を振り絞った私だったが…書いてきたとおり、撤退率96%と認識しているのに2ヶ月近く結論が出ずに工事も設計もどんどん進む矛盾の苦しさが、更におわかりいただけるだろうか?

実は昨年冬に一度本当に撤退しようとした時は、としまち研さんに強く慰留された。住宅金融支援機構に詳しい人に私のデータを見せたところ、大丈夫だと言われたそうなのだ。
でも実際に審査をするのは銀行なのだから、この「大丈夫」は誰も請け負っていない。でも私はやめますと言うタイミングを何だか逸してしまった。。
いくら書いてもきりがないが、本当に迷い&悩み&苦しみ続けてもどうしてもやめられなかった…ということは私の深い部分ではやはりそれを望んでいたのだし、同時に導かれてもいたのだと今ならわかる。

8月15日終戦記念日、この日にいろいろな思いはあるのだが、最近私がクリーニングしながら特に意図していたことは、「許し」だった。つまり内なる戦いをやめること
それと気づかず、私たちは自分を許していないことが沢山ある。つい戦ってしまうことが沢山ある。
本当にただありのままでいるということが本当に難しいことを、クリーニングが進めば進むほどわかってくる。
更に土星と火星が直列している。この二つの恒星間戦争についての事実は証明できないものの、それこそDNAレベルの記憶を感じる。ともかく今は二つの星が一緒にいるわけだ。

マヤ暦が新年になってすぐのMarmaria先生のワークショップの直後に夢を見た。
渋谷のど真ん中の通りに私は立っているのだが、道行く沢山の人々全員が涙を流している、という壮絶な光景だった。声をあげている人はいなくて静かではあるのだが、なんだか圧倒されて、ただ私は見守っていた。
「あぁ私は皆のインナーチャイルドを見ているんだな」と感じた。
そしてその後、コーポラティブハウスのことをイメージしてクリーニングしていると、いつも浮かぶイメージが、インナーチャイルドをケアする大天使メタトロンと関連するものだった。

マヤ暦のウエイブスペルを使ったワークではいろいろな見方ができるのだが、一番シンプルに自分の人生の旅の目的とチャレンジとゴールがわかる。
私の目的はKIN79の青い嵐。リアクションではなく自己発生、触発するエネルギー、つまり変容の力と知恵であり、これはガーディアンエンジェルのB39にも通じる。
そしてチャレンジがKIN80の黄色い太陽、いわば生命力。そしてゴールがKIN91の青い猿、遊びと魔法と幻想。インナーチャイルドとも関係する。幻想を遊ぶことこそがゴールらしい。
これらをボトルに置き換えてみると更にわかりやすい。B91はオリーブ/オリーブで、ハートに新しい希望と方向性を見出すスペースワークとも関係する。
更に誕生日であるKIN88をスタートと見て、89をチャレンジ、ゴールを100と見ることもでき、そうするとゴールがB100大天使メタトロンになる。

そしてこの8/15こそがKIN79、青い嵐のウエイブスペル(13日間の魔法)の最初の日だった。人生の目的とシンクロしたこの日から私は旅を始めることができるのだ。何というギフトだろう!
私はこの地でスペースワークを行うことにより、インナーチャイルドを癒し変容させていけるということだろうか?
そして最近クリアのボトルを選ぶ人が多いのは、誰もが苦しみの理解を必要としているからではないだろうか?
許されることを待っているインナーチャイルドの叫びではないだろうか??

私たちはマインドが先走って身体や環境がついていけなかったり、感情の代わりに身体を使ったり、それでまた考えすぎたり、本当にデコボコしたユニークな存在だ。
憧れるものに近づいたり、自分の影を押しやったりして、いろんなプロセスを経ながら本当の自分に近づいていく。その全てが愛しさでもあるんだな…と気づくと、「許し」というハードルが少し低くなる感じがする。
もう、自分を許すことさえ大仕事だし、それ以前に許していないことに気づくのさえ大変だ。
ましてやクライアントさんや他の人のことなんて、もう何があってもいいじゃない、どんなプロセスでもいいじゃない。ゴールに直線的に早く辿りつくことだけが価値があるわけではない、道こそが過程こそがゴールなのだから。それを見守り続けたい。
そしてできればもっと楽にインナーチャイルドを解放できればいいよね?と思う。そのお手伝いができればと思う。
結論がなかなか出なかったシナリオは、まずは自分へのそんなメッセージだったのかもしれない。

ともかくギャグに近いくらいの「4%」の可能性を実現化しようとしていること、はっきりいって奇跡であり、私は3年前の自分がとてつもない勇気を出してこの道を歩み出してくれたことを、今こそ誉めたい。
いわば、ようやく自分が自分に追いついたのである(Marmaria先生のブログを読んで、その感覚に共鳴した。そのことを先生が更にブログに書いてくださった)。
これこそが「タイムシフト」の感覚なのだろう。チャレンジでもあるB89をギフトに出来たということだろうか?

そういうわけで長らくご心配くださった皆様、本当に申し訳ございませんでした。お蔭さまで大きな大きなハードルを奇跡的に通過した次第です。感謝しています。
そして本当のスペースワークと私の仕事はこれからなのだと感じている。まずはお片づけである…(汗)



2012年夏その2「躯体見学会とお片づけ」

2012.08.11 22:54|不動産取得
城南信金さんには7/31の時点で「あと10日ほど待ってください」と言われたのだが、8/10金の昨日もまだ連絡はなかった。
金融機関は週末は動きがないので明けて来週、私は火曜からお盆休みをいただくのだが、その間に決まるということになるのだろうか。。

そして本日8/11土、(仮称)奥澤コーポラティブハウスの「躯体見学会」があった。
6月に審査依頼をしたとき、当然8月の躯体見学会までには全てが決まって、スッキリした気分で見学会に臨んでいることをイメージしていたが、よもやこのようなことになろうとは…:-;
でも強気で楽しむことにした。滅多にない機会だし。

軍手とヘルメットを着けて、仮設エレベータに乗って5Fまで(5階の見学会の日なのだ)。ものすごくワクワクした!
既に床の下地が入っていて、完全にスケルトン状態ではなかったが
「うわ、本当に図面が現実化してる!」
と驚いた。(当たり前なのだが^^;)
お金という現実(っていうか見えないのでむしろ幻想と感じる)がついてこないのに、物件という現実がここまで立ち上がってきているそのギャップに驚くと同時に、こっちのほうが強い!と感じた。
そして、これは紛れもなく「私の居場所」だと感じてしまったのである。

設計者さんに「小さく感じると思います。がっかりしないでくださいね」と言われたが、本当にそのとおり。
確かにサイズ通りなのだが、トイレなんてほんと小さい! 既にユニットバスは搬入されていた。今とほぼ同じはずなのに本当に小さく感じる。
そしてこれが私の等身大の居場所なのだ。本当に自分でいるための最小ユニットであり、小さな私の今世の役割を発揮する拠点スペースであり、そして多分もっと大きなレベルで仕事をするための「基地」なのだ。
アインソフ委員会銀河系内太陽系本部、地球支部、東京支所、奥沢サテライトみたいなもんか(オイ…)

私は多分過去をごっそり整理して、ここに入ることになるだろう、っていうかそうしないと無理(汗)
後半生を本当に一緒に過ごしたい少ないモノたちだけを厳選して、ここに住むだろう…。
という実感とともに短い時間を現場ですごした。配管や配線がどうこういうレベルではなく、ただその小さな愛すべきスペースを味わった。
ともかく設計者さんと何十回も打ち合わせしながら2年がかりで創りあげた図面が、本物になってきている、その感動!

写真を撮ったらなんだかオーブだらけだった。
躯体1小

躯体2小

私がこれまで撮ったオーブ写真はすごく綺麗な場所だったり、子どもさんが楽しそうにしている集合写真だったりしたが、これは建築現場なので単に埃に光が反射しているのだろう。
でも同じように撮っても映っていないものもあるし、私には光のエネルギーとしてのオーブもちゃんとあると感じられる。
まぁこういう話は敬遠する人も多いかもしれないけれど、実は基礎工事の段階からこの場所で、私は毎日大天使のエネルギーを感じていた。ミカエルだと思っていたのだが、最近大天使メタトロンを感じている。

ちなみに2週間後には「コンセントチェック会」がある。その頃にはもう壁の下地が立ち上がっているということなのだ。
ちなみに建設会社の現場担当者(ご年配、といっても同年代かもしれぬ・汗)が、オーラソーマをご存知だったことに驚いた。「あの4本選ぶやつでしょ?」と現場なスタイルで言われると超びっくりな嬉しさ^-^


さて自分のお片づけは頑張っているつもりなのだ…が、見た目は殆ど進んでいない(泣)
でも手を打った。もう自分だけじゃ無理だから。
情けないことだが最近まで震災後のショック状態が尾を引いて、いろんなことに手をつけられずにいることもあったが、実は片付けられない理由はもっともっと深いところにあることもわかっている。
わかっていても、どんなに努力してもこれまで何年もできなかったのだから、このままでは無理なのだ。
身体にプロのセラピストが必要なように、スペースのお片づけのプロに私がサポートを依頼する必要があることはわかっていたし、その人を紹介されてもいた(既に去年の段階で)。
でもこの状況では何をどのように依頼すべきなのかもわからなかったのだ。

1.コーポラティブハウスに入居できるとしたら、その部屋に合わせた今のお片づけと環境のつくりかた
または
2.ローン不成立で引っ越しできないとしたら、今の場所をよりよく使うためのお片づけと環境のつくりかた

これがわからないので今迄二の足を踏んでいることが沢山あるのだ。例えば昨年の原発事故の時点で浄水器はきちんとしたものを買いたいと思ったが、新物件では既にビルトインで発注するので今はとりあえずブ○タでやりすごしているし、今の家具の処分や買い替えもずっとペンディングなまま。

でもとにかく「今」のお片づけが大事なのだ、とわかったのですぐにプロの方にコンタクトをとった。アクションを起こす事が大事だと思った。そして先方様もタイミング良いと感じてくださったようで、お盆明けにお会いできることになった。
さすがにその時までには状況は決定しているだろう。

こうしている間にも、このブログを読んでご心配くださったクライアントさんが、ご自身が親切にしていただいているというローン会社をご紹介してくださったり、このブログを楽しみにしてくださっている方もいらっしゃるようで、皆様のあたたかい思いやりが感じられて感謝に堪えない。結論が出ないまでも書いて良かったと思っている。

次回にはさすがに今後の私の身の振り方をご報告することにしたいし、そうじゃないと困る。
自分で造りあげているとはいえ、この「足掛け4年、結論じらしゲーム」はもうお開きにしたい。そして本当にこのスペースですべき私の本来の仕事に注力していきたいと、切に願っているのだ。(つづく)


2012年夏「矛盾の中で信頼すること、そして最後の課題」

2012.08.01 11:00|不動産取得
2012年6月21日夏至に、「最後」と決めたローン申請書類を城南信金さんに提出し、担当者さんは「どんなに遅くとも7月末までには結論を出します」とおっしゃったので、待った。
7月半ばに担当者さんと外でバッタリお会いした時に(何せご近所なので)、「スミマセン、新たに資料作らなければならないので、もう少し待ってください。」と言われて、覚悟はしていたけど7/31の昨日、さすがに自分から電話してしまった。
信金さんがローンを決裁するには信用保証会社のOKを取る必要があり、これが時間がかかる。
一度差し戻されて、もう一度資料を作り直して再審査に臨むそうで、更に10日はかかるそうである…!
結論は8月半ばとなり、昨年と同じで結局2ヶ月近くかかることになる。。

私が新たに出さなければならない書類や資料はないそうで、それなのに更に時間をかけて一体何が変わるのかよくわからないのだが、ともかく担当者さんの誠意は感じられるので、もうその流れに寄り添うしかない。
何かが顕現するまでにやはり時間という力が必要で、それこそがスペースワークなのだろう。
私は基本短気ですぐにレスポンスがないことが嫌いだし、一番嫌なのが全体像が見えないこと。一体どのような全体構造で、そのどこでどのように滞っているのか、何がそれを妨げているのかを猛烈に知りたい。
でもこのプロジェクトで養った質は、そんなことも一切合切クリーニングしながら「待つ」能力かもしれない。

待つことは信頼することだ。信頼することは手放すことだ。
昨年があんなに苦しかったのは、大地が揺れ放射能が蔓延し先行きが見えない究極の迷いが生じたと同時に、自分への信頼をも失っていたからだ。

結果は手放すことに決めているけれど、それ以前の「結果が出ない」ことのストレスが既に限界を超えている。
「どんなに遅くとも7月末までに」GOか撤退かを決めると、としまち研さんに宣言したのにこうなるのだ…。
その間に設計は、洗面台のタイルに開ける穴のサイズを修正したり、ニッチの巾と高さなど超ディテイルまで着々と進んでいるのだ(汗)
住めるのかどうなのかわからない物件に関して、ここまでエネルギーを使って仕様を決めていることの矛盾、その苦しさをわかってもらえるだろか…!?これはこの件のスタート時からもう2年続いているのだ。
そしてもしも最悪の事態となってこの期に及んで撤退する場合、現場は一体どのようになってしまうのだろう。設計者さんにも施工さんにも申し訳なさすぎて死にそうな気分になるのだが、だからといってこのまま続けたら本当に自分が矛盾のエネルギーに殺される感じがする。
だから、ただクリーニングすることと、手放して信頼するしかないのである。

クリーニングしながらいろいろ鑑みると、この「膠着状態と遅延」について、2009年時点でもそうだったが、よく考えればずっと事態は好転しているではないか。
あの時は不動産業者や金融業者の嫌がらせや見下しを受けた遅延だったが、今回は違う。
思えば父との共同作業をやめてから嫌がらせなど一切受けていないし、としまち研さんや城南信金さんとの出逢いなど、良い出逢いに恵まれたのは間違いなくクリーニングの結果だと感じている。

思うにとしまち研さんは、よく私のような者を許容していると思う。その鷹揚な放置プレイ(に近い;;)が却って心配になるのだが、私ごときにかまっていられないほどお忙しいのだとは思うが、「ま、多分大丈夫でしょう」という感じで放置していらっしゃるのだとしたらすごい信頼度合いで、敬服してしまうm(_ _)m

沢山のクリーニングをしてきたものだ。
何より「マンションを買う自分を承認する私」(そんなのハナから無理だと思い込んでいた)、「○千万のローンが怖くない私」(DNAレベルの借金恐怖があった)になれたのが最大のギフトである。
2009年からたびたびハラヒーリングをしてくださっているKさんに指摘されて気づいた私のビリーフ(思い込み)が、
「肝心なところで世の中は私の邪魔をする」だった。そのせいで散々待たされた挙げ句否決とか、4日遅れで2番手に取られる、などということになる。
私は鍼灸学校の入学金と学費が何故か期日までに着金せずに一度入学取り消しになっているし、ビーマーライトペンを学ぶ時はコース主催者にメールが届かず受講できなくなりそうだったし、仕事に関する重要局面でそういうことがしばしばあった。これもクリーニングし続けて、ともかく今、私はすべてを創造主と共同創造している。はっきりと自覚しているつもりだ。

そしてオーラソーマで言えばゴールドという色を原材料として沢山持っている私は、本質的に矛盾を孕んでいるのだ。YESなのかNOなのかわからない混乱と同時に知恵を持ち、恐れと同時に喜びを持つ。怖がりなくせに博打打ちだ。
また、ケチなくせにこの2年は自ら進んで似非高額納税者(汗)になっていて、それはそれはもう筆舌尽くせぬくらい辛いのだけど、震災のあった年に税金を沢山払うなら本望だ。

そして最近確信するのだけど、私は「楽しいことしかできないし、やってこなかった」のである。
一応誰もが認める大会社に勤めていたけど辞めて10000%以上(100%ではなく10000%だよ)良かったと思っている。さくっとローンが組めてしまう大会社の社員だった時よりも、この天職に就いて少なくとも100倍以上は楽しいからだ。
だとしたらこの件も、自分でハラハラドキドキなゲームを創り出したくてこうなっている可能性が大である…(汗)

そうなると、最初からわかっていたが最後の最後にクリアすべきことがある。もしかしたらスペースワークとしてはこれが最も重要なのかもしれない。
今のスペースのお片づけ=断捨離である。実は私の一番苦手なこと!!
会社員時代の私を知る人は、私のデスク周りのカオス状態に呆れたと思うが、ともかくどうしようもなく片付け下手なのである。多分今の場所でこれが出来ない限り、次が来ない…。
「こんまり」さん流のときめきお片づけも、昨年に洋服だけで止まっており、どんなに掃除をしても基本的に一日で汚部屋を作りだしてしまう、むしろ「散らかし上手」「汚しのプロ」と名乗りたいほどだ(汗)

全体像がわからない!と思う時、えてして自分を見ればすべてがわかるものなのだ。
実は最難関を残していた。逆にあと10日で出来るのだろうか? 文字通り最後のテストだと感じる。。

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Author:pieria
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